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愛は苦手
山本幸久

20代はみんな私に優しくて、30代も大丈夫と思ってて。でもなんだか、気がついたら前に進めないよ……。高校生になった娘を持て余す彩子、ついに一人で家を買った可憐、ダメで強引で温かかったあの人の死を聞いた静子、よくわからない“愛”ってものを考えてみる茂絵。揺れる彼女たち八人の心を穏やかなユーモアに包んで描く連作集。

ISBN:978-4-10-322721-2 発売日:2010/01/22

立ち読み 書評 雑誌から生まれた本

1,470円(定価) 購入

波 2010年2月号より

ハートウォームなエピソードの花束

三浦天紗子


 山本幸久の武器は、憑依力だ。
 年齢や性別、職業、境遇などが違っても、その語り口や思弁に耳を傾けていると、登場人物たちはみな、現実にどこかの町で生きていそうな気がしてしまう。
 イタコの口寄せのごとく、小学生にも働き盛り世代にも初老の人にもなれる著者だが、中でも働く女性のなりきり度はピカイチだ。『笑う招き猫』では、夢に向かって奮闘する女漫才師コンビに。『凹凸デイズ』では、仕事の意義や自分の居場所を真摯に考える女性新人デザイナーや、野心に燃える女性敏腕デザイナーに。『ある日、アヒルバス』では、仕事を通して成長していくバスガイドになり、心意気あふれる女性たちの生態や思考や感情、大きな苦悩から小さなジレンマまでをも、見事にトレースしてしまう。
 山本の小説を読んだときに、「こんなに女のことがわかるなんて、本当は女性なのではないか」と疑ってしまう読者がいるのもうなずける。
 さて、独立した八つの短編からなる本書『愛は苦手』で著者がなりきるのは、娘を案じる母や専業主婦、手に職ありのシングル女性など、立場の異なるさまざまなアラフォー女性だ。〈それだけいろいろあったはずなのに、二十五年の歳月があっという間のように思えてしまうのはどうしてだろう。〉〈これからさき。/未来というほど夢はなく、将来と呼ぶほど輝いてもいない。/ほんとにもうただの、これからさき。それでもあたしは生きていかねばならない。〉等々、彼女たちの語りによって、四十代になって初めてわかる悩みと四十代だからこそ切に感じる変化があぶり出されていく。
 二編めの「買い替え妻」は、宇山悦子という専業主婦の思考ロジックが反転するストーリー。略奪婚し、そのまま住むことになった夫の家に引っ越してみれば、家財道具は元妻が揃えたものだらけ。結婚前の貯金で少しずつ買い替えてきたが、資金も底を突き、悦子はパートを始めることに。職場トラブルが起きたある日、うんと年下だけど仕事では先輩という女子高生から悦子は相談を受ける。格好だけは大人然と答えてやりながら、あれこれ買い替えずにはいられなかった自分の卑小なプライドに向き合うことになる。
 四編めの「町子さんの庭」では、深町可憐というシングル女性の前向きなチェンジが描かれる。老夫婦が手放した庭付き一戸建てを、女手ひとつで手に入れた可憐は玩具メーカーの中間管理職。多額の広告費を投入した新製品が売れず、会社では罪のなすり合いが起きている。最初は新居の庭などどうでもいいと思っていたが、そこはマチコさんが丹誠込めた庭だった。マチコさんを慕う少年からの葉書に気持ちを動かされて草むしりくらいするかと腰を上げた可憐に、ポジティブな変化が訪れる。
 六編め、「象を数える」のヒロインは、四十を過ぎて“できちゃった婚”が決まった平谷真紀。双方の両親に説き伏せられ、身重の体でひとり結婚式の準備中だ。仕事の忙しい夫は頼りにならず、義父との同居も真紀には重荷。夫不在でぎくしゃくしたままの生活に嘆息していた矢先、義父と真紀の間に小さな奇跡が起きる。
 収録されているその他の作品も粒ぞろい。扱いの難しくなった娘との関係を意外なアイテムが取り持つ「カテイノキキ」、木訥さで不思議とモテる大学教授と離婚したずぼらな元妻の仰天告白「ズボンプレッサー」、かつて自分の上司だった元編集者が突然死し、彼との関わりを回想する「たこ焼き、焼けた?」、二十年間の愛人生活が一変したヒロインが一歩を踏み出す姿を描く「まぼろし」、同僚のゲイの美青年の恋の顛末をアラフォーの縫い子が見守る表題作。
 憑依力の高い著者は、市井の老若男女の声をとても適確に拾い、束ね、読者に投げてくる。読後は、ハートウォームなエピソードの花束をぽーんとブーケトスされた気分だ。
 やがてはひとりひとりの胸にしまわれていくようなささやかな出来事が、実は人を元気にしたり、救ったり、人と人との距離を縮めたりするのだなあとしみじみ思う。そんな余韻が残る本書は、お仕事小説の名手と呼ばれる著者の、新境地にして現時点での最高傑作だと確信する。


(みうら・あさこ ライター/ブックカウンセラー)

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