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プライド
真山仁

確信犯的に期限切れ食材を使った菓子職人の胸中に迫る表題作、変人官僚が事業仕分けと対決する「一俵の重み」。マスコミが見過ごす社会問題の真相と、現場の人々の一筋縄ではいかない思いに光を当てる。逆境を支えるのがプライドなら、人を狂わせるのもまたプライド――切れ味鋭い心理小説とも呼ぶべき異色のビジネス短編集。

ISBN:978-4-10-323321-3 発売日:2010/03/26

立ち読み 書評 雑誌から生まれた本

1,470円(定価) 購入

波 2010年4月号より

切れ味と意外性の饗宴

西上心太


 バラエティ豊かな良質の素材を巧みな包丁さばきでおいしく仕上げ、しかもお客を丁寧にもてなす心構えを忘れない料理屋があれば繁盛することは間違いないだろう。真山仁の『プライド』は、そんな料理屋に喩えるのがぴったりする作品である。しかも料理屋とは違い、店のキャパシティや値段の心配をする必要がないのが本のいいところだ。手頃な価格でいつでも好きな時に味わえるのだから。
 真山仁は、外資系のハゲタカファンドで凄腕をふるうファンドマネージャー鷲津政彦を主人公にした『ハゲタカ』、『ハゲタカII』、『レッドゾーン』の三部作などで名高い。二〇〇七年には、はじめの二作を原作にしたテレビドラマが放送され、大変な人気を呼んだことも記憶に新しい。今年になって再放送されたので新たにご覧になった方も多いだろう。また二〇〇九年には三作目の『レッドゾーン』をベースにした映画版「ハゲタカ」も公開され話題となった。
 ドラマ化や映画化の影響もあり真山仁人気は高い。だがそれだけではない。これまでの実績を見ても、真山仁が経済エンターテインメント小説という分野でのまぎれもない牽引車であることを忘れてはならない。本書は作家・真山仁の名刺代わりとなる〈経済〉という枠を取っ払い、新たな試みに挑んだ初の短篇集である。
 作品を貫くテーマは〈プロフェッショナルの矜持〉といえるだろう。
 米博士と呼ばれる農水省の役人米野太郎が、事業仕分けに挑む一篇が「一俵の重み」である。半可通の知識で事業費削減を狙う委員たちを相手に、米野はこれまでの常識をひっくり返す農政を提示して対抗する。それだけに留まらず、米野の舌鋒は身内ともいえる農水大臣にも向けられるのだ。「政治って何なんでしょうか」と嘆息する部下に向かい米野は「権力者が、己が力をひけらかす場だ」ときっぱりと断言する。真の農政を理解しようともせず、己のパフォーマンスのことしか頭にない政治家への痛烈な批判者でもあるのだ。
「医は……」では、違う道を歩んだ優秀な二人の医師の交流を軸に、日本の医療現場の後進性と閉鎖性を浮かび上がらせる。同時に二人の間に流れていたはずの〈友情〉の真意がシニカルな形で露呈する。
「絹の道」は、若くして挫折を味わった村役場職員が、昔ながらの方法で養蚕を始めた女性と接することで生きがいを再発見する物語だ。人間の都合で改良され、工業製品のように扱われてきた蚕を見つめる女性の眼差しと決意が印象に残る。
 表題作の「プライド」は、内部告発による期限切れ食品材料使用問題で揺れる製菓会社を舞台に、長年菓子作りの最前線で身体を張ってきた職人の、プロとしての誇りがクローズアップされる。
「暴言大臣」は暴言と失言をくり返す大臣の心底に隠された真意をめぐり、国際政治の裏面までがからむという、エスピオナージュの味わいがある作品だ。
 最後の「ミツバチが消えた夏」は、新米養蜂業者がミツバチ消失の謎を追う過程で、日本の農業が抱える大きな問題点に直面していく物語である。
 事業仕分け、戦略的輸出産品としての米、最先端医療の現実、養蚕業のハイテク化、企業や政治家のモラル、ミツバチの大量死という具合に、作者お得意の経済だけではなく、世間の話題となった幅広い分野にわたる題材を巧みに作品に取り入れていることに驚かされる。冒頭で述べたように、ネタが豊富なのだ。それを巧みな包丁さばき――鋭いツイストや、意表を突いたラストなど、短篇小説に必要な切れ味と意外性――で鮮やかに料理しているのである。
 なお、まもなくミツバチの大量死をテーマに取り入れ、「一俵の重み」で強烈な個性を印象づけてくれた米野太郎が主人公として登場する長篇小説の連載が「小説新潮」誌上で開始されるという。一つの短篇だけではもったいないキャラクターであったので、再会できるとは嬉しいではないか。これも作者一流の、おもてなしの心であろうか。


(にしがみ・しんた 文芸評論家)

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