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管見妄語 大いなる暗愚
藤原正彦

大局観なきまま国民のご機嫌とりにいそしむ政治家たち。他人の不幸はお構いなし、己の利益にのみ躍起となる見苦しい民主主義。「惻隠」「羞恥」「捨身」といった、かつての美風を忘れつつある日本人――。愚かなる暗雲が垂れ込める今を憂え、その本質に鮮やかに切り込む藤原節の真骨頂! 「週刊新潮」人気コラム、待望の単行本化。

ISBN:978-4-10-327407-0 発売日:2010/09/17

立ち読み 書評 雑誌から生まれた本

1,365円(定価) 購入

波 2010年10月号より

迷える子羊たちに絶好のバイブル

諸田玲子


 新聞や雑誌で藤原正彦さんの文を見つけると、切り取ってファイルすることにしている。先日も某月刊誌で「日本国民に告ぐ」という記事を読み、大いに感激、コピーして近所の顔見知りの若者たちに配り、海外の友人にも郵送した。
 なぜなら、ご本人の許可はないけれど、勝手に「師」と仰ぎ、弟子を自認しているからだ。
 半世紀以上も生きているのに、私は今もふらついている。とりわけ政治や経済、国際問題となるとお手上げで、あっちで「なるほど」と思えば、こっちで「そうか」と思い、付和雷同ばかり。自分の意見がいえないのは恥ずかしい。これは物を知らないからだとアンテナを張りめぐらせてはいるものの、情報があふれ、しかも錯綜したり改ざんされたりしているので、ちっぽけな頭はすぐパニックになってしまう。
 そこで、片手の指の数ほどの「師」をひそかに定めた。事あるたびにお顔を思い浮かべ、なんとおっしゃるかを考えるようにしている。藤原さんはその筆頭。
 そんな私にとって――きっと私以外にもたくさんいるにちがいない日本中の迷える子羊たちのためにも――週刊新潮の巻頭コラムを集めた本書は絶好のバイブルである。短い各編に、鋭いまなざし、広くて深い知識、洒脱なユーモアがぜいたくにつまっている。
 たとえば、「政治が国民の目線に立ったら国は滅んでしまう」なんて考えたこともなかった。「民主主義は見苦しい」にはえッと目をみはった。「納税者」「消費者」という忌まわしい言葉を「国民」と同義に勘違いする愚かしさや、グローバリズムの進展で日本古来の「惻隠の情」が消えてゆくことへの危機感、「民意」がいかに無責任で移ろいやすく、ポピュリズムが危ういものであるか……等々、本書は私にもわかるように、やさしく教えてくれた。
 数学者の目と頭は明晰で、決してブレない。
 もちろん、それだけではない。ユーモアとペーソスが、絶妙なところに、ほどよいさじ加減で加味されている。どんなに画期的な、あるいは普遍的な真実を教えてくれる文であっても、それがすんなり読み手の心に入ってゆくかどうかは、著者の人間性によるところが大きい。文は人なり。本書には藤原さんの温かなお人柄がにじみでている。
 深くうなずいたり、はっとしたり、クスリと笑ったりしながら読んでゆくなかで、なにより共感したのは、日本の文化(学問・文学・芸術)への敬愛と、その文化を軽んじている現代社会への憂慮、そして警告である。
 経済大国にならなくてもいい。人を豊かにするのは文化。日本には素晴らしい文化や尊い精神――品格や惻隠や誇りや自然を愛でる心など――がある。それを大切に守ることこそが国を愛すること。本書からは、藤原さんの国を愛する熱い思いがつたわってくる。
 ところで、私は藤原さんに何度かお会いしたことがある。といってもご挨拶ていどだ。本書でもご自身のお話がいくつかあって、それがとても愉快で心を和ませてくれるのだが、シャイでキュートな(ゴメンナサイ)笑顔の紳士でいつも美人の奥様とご一緒だった。きらきらした眸の奥様は私の憧れ……などと書くと、「愚妻のことはどうでもよい」と叱られそうだが、内心は奥様以上によろこばれるにちがいない……そう思わせる、素敵なご夫婦である。
 藤原さんは昨年まで大学教授でいらした。叶うなら学生時代にもどって、藤原さんを先生と呼び、せっせとゼミに通って、叱られたりほめられたりしてみたい。
 幸運な教え子たちを羨むかわりに、私は本書を座右の一冊として、折にふれ、読み返そうと思っている。

(もろた・れいこ 作家)

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