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ライアー

大沢在昌/著

1,870円(税込)

発売日:2014/04/30

  • 書籍

愛する者のため、誰もが命懸けで嘘をつく――至高のアクション・ハードボイルド!

優しい夫と可愛い息子。幸せな生活を送る妻の本当の顔は、対象人物の「処理」を専門とする工作員。彼女にとって、家庭とは偽りだった。夫が謎の死を遂げるまでは……感情を持たない故に無敵だった彼女が、愛を知るための戦いの幕を開ける。壮絶な騙し合いと殺し合い、その果てに待つ慟哭の真実――大沢アクションの最高傑作。

書誌情報

読み仮名 ライアー
雑誌から生まれた本 週刊新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 512ページ
ISBN 978-4-10-333352-4
C-CODE 0093
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド、文学賞受賞作家
定価 1,870円

書評

波 2014年5月号より 【大沢在昌『ライアー』刊行記念特集】 最も強く、最も危険な母親

西上心太

「女は弱し、されど母は強し」と喝破したのは文豪ヴィクトル・ユゴーであったか。
その伝でいけば本書のヒロイン神村奈々は、可愛らしい名前の響きから受ける印象とは正反対。さだめし「女は強し、しかも母はさらに強し」といえようか。
家族と上海旅行中の神村奈々は、旧友と会うという口実で別行動を取る。彼女には裏の顔があった。奈々は仲間とともに、日本のヤクザをホテルの部屋から転落させ、事故と見せかけて殺す。だが不測の事態が起きた。最終確認のため一人部屋に残っていた奈々の前に、予測より早くボディガードと上海マフィアが戻ってきたのだ。奈々は上海マフィアを射殺し、慌てて鍵を掛けてバスルームに閉じこもったボディガードを残し、部屋を脱出することに成功する。なぜかホテルのロビーはすでに警察官であふれており、奈々は上海市公安局に連行されてしまう。ところが公安局は、ボディガードが上海ヤクザを射殺したとして事件に幕を引く。釈放された奈々は、家族と合流し無事に帰国することができた。
中国側の事情に釈然としないまま、次の仕事に取りかかろうとした矢先、夫の洋祐が新宿のレンタルルームで、娼婦らしき女と一緒に焼死する事故が起きた。夫の性格に加え、女の身元が一向に判明しないことなどから、奈々はこの「事故」を、自分たちのようなプロによる偽装殺人と確信する。目標は女で、夫は巻き添えを食ったのではないか……。
大沢在昌といえばハードアクション。鮫島警部など男っぽい主人公がまず頭に浮かぶだろう。だが『天使の牙』の女性刑事・河野明日香、『魔女の笑窪』の「裏」のコンサルタント・水原など、女性陣も負けていない。
美女の身体に脳を移植された明日香は、心と肉体の乖離に悩みつつ、犯罪者を追い続ける。男の本質を読み取る特技を裏稼業に生かすのが水原だ。しかしその特技も実の祖母に売られ、「地獄島」で娼婦暮らしを強制された、凄絶な過去から身につけたものだ。このように、ヒロインの背景や内面がしっかり描かれているからこそ、彼女らの「男前」な行動が生きるのである。
近未来を舞台に潜入捜査官・櫟涼子(最後に明かされる彼女の本名に注目!)が登場する『撃つ薔薇』もそうだが、魅力的なヒロインが登場する作品は、完璧な脳移植や治外法権の孤島など、「大きな嘘」を土台にした作品が目立つことも興味深い。大沢在昌こそ最強の「ライアー」なのであろう。
本書のヒロイン神村奈々も、彼女ら先輩に引けを取らない存在である。
神村奈々、四十一歳。統計学の教授である夫の洋祐と小学生の智との三人暮らしで、消費情報研究所に勤務するキャリアウーマン、というのは表の顔だ。実は同所は政府が設けた非合法組織だ。「研究所」は上位組織「委員会」の命に従って、国家に不都合な人間を「処理」するのが本来の業務なのである。「処理活動」は国外に限られ、事故死や病死と判断されるように偽装をほどこすのだ。
神村奈々は、あらゆる事態の推移に柔軟に反応できる判断力と、その判断がもたらす状況を予測する想像力に長けた、凄腕の殺人者である。その一方で家庭では、夫と子供に優しく寄り添う、よき妻とよき母親という顔を崩さない。
通常、非合法で危険な任務に従事する者にとって、肉親――特に子供――の存在は足かせになりかねない。敵から反撃されたとき、守るものが多い方は立場が弱くなるものだからだ。なぜ彼女がそれを承知で夫と結婚する道を選んだのか。なぜ彼女は自分が命を失うことが恐くないのか。なぜ彼女は人を殺しても冷静でいられるのか、そしていかにして精神の平衡を保っていられるのか。ハードアクションに彩られた弛みないプロットの中で、さまざまな疑問への答えが明かされると同時に、神村奈々の人間像が見事に立ち上がるのである。
本書に登場する組織と人物は、誰もが嘘と偽装を身にまとっている。誰が真実を語っているのか、なにが真実なのか。偽りの生活が壊れた時に現れる残酷な真実に、奈々はどのように対応するのか。
「あなたは引退したら何も残らない。役に立たなくなった元人殺し。わたしは母親で、子供がいる」
同業の女性に向けた奈々の言葉は、胸に響く。
本書は、最強かつ危険な母親の物語である。そしてそれ故に、奈々と智を待ちかまえている凄絶な未来を思うと、慟哭を禁じ得ない。過酷な運命を切り開いた彼女らに、ふたたび出会える時はあるのだろうか。

(にしがみ・しんた 文芸評論家)

[→]【大沢在昌『ライアー』刊行記念特集】中江有里/心の中で龍を飼う

波 2014年5月号より 【大沢在昌『ライアー』刊行記念特集】 心の中で龍を飼う

中江有里

音楽、芸術、あらゆる「才能」は、生まれつきの能力だ。
自分の子どもがなんらかの「才能」に恵まれている、とわかると、たいていの親はその子にふさわしい環境、教育を与えその能力を伸ばそうとする。なぜなら特別な「才能」は、持ち主の子どもを幸福にする、と考えるからだろう。
しかしその幸福は「平凡」「普通」の幸福とは全く違うものだ。
人とは違う「才能」がもたらすものは、大きな重圧へとなりうる。たとえばオリンピック選手は、国中の期待を一身に背負い、メダルという結果を求められる。好きでやり始めたスポーツでも、それだけでは自身も周囲も許されなくなるだろう。代わりにメダリストになり輝かしい功績を手に入れるかもしれないが、スポーツを楽しむという幸福は失われる。
そういう意味でも「才能」は持ち主をいわゆる「幸福」から遠ざける。
「わたしの才能がそういっている」
本作の主人公の神村奈々は、ある「才能」を持っている。
弟を虐待して死なせた母と恋人を殺めたとき、彼女は人殺しの「才能」を自覚した。圧倒的な「才能」が磨かれてきた背景の描写は決して多くない。あまりに理不尽な環境が彼女に行動を起こさせた、という方が正しいのだろう。
“殺さなければ殺される”頭で考えるよりも早く「才能」がそう叫んだのだ。
やがて奈々は国家が秘密裡に設立した研究所で、国外で対象者を処理する任務についた。簡単に言うと、国にとって近い将来脅威になると思われる人物を、事故や病死に見せかけて殺す仕事。上司の大場からの勧めで統計学を学び「人間の心理を、行動から逆算できる」ようになった彼女の「才能」は経験を重ねるごとに伸びていった。
奈々は、統計学を彼女に教えた大学教授の神村洋祐と結婚し、一人息子の智をもうけた。
子を守るために親は強くなるが、同時に子は弱みにもなる。
人殺しはいつか殺される、と覚悟していた奈々にとって、智はアキレス腱だ。逆に言えば、それまでの彼女には弱みがなかった。それどころか自らの肉体にも執着しなかった。他人の心理はわかっても自分の心理には興味がない、殺しのプロに徹していた。
奈々にとって智は生まれて初めて失いたくないと感じた存在であり、洋祐もまた智の父親として大切な存在。しかしその「才能」ゆえに許されない幸福がある、と思う。彼女は、智が生まれて以来「母親」と「殺しのプロ」二つの任務の板挟み状態にあった。
夫と息子に本来の仕事を伏せ、嘘をつき続けてきた奈々は、洋祐の不審死をきっかけに、調査を始める。
彼女の調査に巻き込まれるように行動を共にするようになった刑事の駒形は言う。
「あんたは、本当はそういう自分から逃げだしたい。でも逃げられないから、いっそプロ中のプロでいてやろうと腹をくくっているんじゃないか」
この言葉にハッとした。「才能」とは自分の中に飼っている獰猛な龍のようなものではなかろうか。心の檻に閉じ込めた龍は、奈々の心に鋭く尖った爪を立てる。痛みを感じていては生きていけない。死ぬまで自分から流れ続ける血に気づいてはならないのだ。
ある組織から命を狙われ、息子を守りながら、自らも生きようとする奈々。自分は望んで孤児になったが、息子をそうさせたくない。人殺しの「才能」ゆえに心の一部が欠落していると思い込んでいた奈々は、息子の存在で失った心を取り戻していく。
息詰まるアクションの連続に、平穏な家庭生活が挟まれることで、ありふれた「幸福」のありがたさが沁みてくる。
重ねられた嘘の中、奈々がたどり着いた真実は、特別な「才能」よりも彼女を強くするだろう。

(なかえ・ゆり 女優・作家)

[→]【大沢在昌『ライアー』刊行記念特集】西上心太/最も強く、最も危険な母親

著者プロフィール

大沢在昌

オオサワ・アリマサ

1956(昭和31)年愛知県生れ。慶応義塾大学中退。1979年、『感傷の街角』で小説推理新人賞を受賞し、作家デビュー。1991(平成3 )年『新宿鮫』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞を受賞。1994年『無間人形 新宿鮫4』で直木賞を受賞する。2004年『パンドラ・アイランド』で柴田錬三郎賞受賞。2010年、これまでの業績に対し、日本ミステリー文学大賞が授与される。2012年『絆回廊 新宿鮫10』にて、4度目の日本冒険小説協会大賞を受賞する。2014年『海と月の迷路』で吉川英治文学賞受賞。『冬芽の人』『ライアー』『雨の狩人』など多数の著書がある。

大極宮 (外部リンク)

判型違い(文庫)

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