波 2006年12月号より

まとめ上げ、醸し、解体する

加藤幸子『家のロマンス』

梨木香歩


 少々都心から離れているとはいえ、五百坪余りの庭がある。四季折々に花が咲き、果樹もあり、西洋風の芝生もあれば、奥には築山や竹林まで控えている。大正建築の建物は蔦の絡まる二階建ての西洋館、板張りの洋間と畳敷きの和室が半々の和洋折衷、何かが「棲み着く」のにこれ以上の「容れもの」があるだろうか。が、こう書いたからといってホラーではなく、もちろんその「何か」は表だって出てきて暴れたりなどしない……いや、暴れたのだろうか、もしかして。
 一族がこの屋敷に住むようになったのは、祖母ミヤの婿養子である大学教授の祖父が、戦前九州博多の大学から帝大へ移ったときであった。死の床で自らに向かって述懐するように、ミヤは社交的な性格とは言えない。使用人や家族の状態を把握しそれぞれの生活の助けとなるよう気を配る、いわばゼネラルマネージャーの主婦役はミヤの母が受け持っていた。ミヤは箱入り娘のそのままに、屋敷の中で読書三昧に明け暮れ、好きな散歩も家の敷地内で事足りた。祖母ミヤが自分にとっての「カナンの地」と呼ぶこの家屋敷は、すっかりミヤをその胎内に取り込んでしまったのである。
“家”に浸食されずに“家”の物語を語れる後継者として、ミヤは長男の長女、孫娘ヨシノに自分に似た資質を認めている。ミヤがそのかさかさとしたユーモアの発露の最初として(彼女は死後、実にユーモラスに姿を変えつつ孫娘の前に現れるようになる)、病院で噴水のように血汐を噴いて臨終を迎えるときも、ヨシノは「飼育していた二十日ねずみの死に際を、何時間も見ていたときと同じ眼」で祖母を見つめる。ミヤも薄ぼんやりした視力で負けずに見つめ返す。何とも骨太のこの場面の迫力と、無機的な熱のなさ。冷静でフェアな観察者たる資質の継承の儀式のようである。
 加藤幸子の筆致もまた、ちょうど対象の全体を冷静に観察できるポジションの取り方をして、諧謔と何物にも必要以上に肩入れしない(淫しない、という方が本当はぴったりなのだが私はこの「淫する」という言葉があまり好きではないので残念だが使わない)対象との距離を保っている。しかしこの本は、理屈を超えた衝動の「ロマンス」の物語なのだ。
 二人の観察者、「祖母ミヤ」と「孫娘ヨシノ」が共通して心を込めて観察するのがその偏屈さ故に他の兄弟たちからも浮いている「次男久男」である。ミヤと同じように「“家”に浸食される」までに“家”に固執していたのは、最後まで“家”を売り払うことに反対していた次男久男だったのだろうし、彼のことを感情に振り回されず誰よりも冷静に観察したのはヨシノだっただろう。祖母ミヤがヨシノを「継承者」として見込んだのは彼女のこの、「浸食されずに距離を保つ」という特質にあった。“家”とは一体何なのか。
 戦後、子ども達それぞれが家族を持ち、不自由な雑居生活を強いられながらも、外へ出て行こうとしなかったその理由を、ミヤは死の床でいよいよ明晰になる意識で思う。それは、
「この“家”があったからなのだ。二十代で引っ越してきてからずっと、私はここを世界の中心と定めてきた。―略― 私と“家”は同化し、溶けあっていた。“家”を殺せば私も死んでしまう」「……私は家族の絆は血ではない、と確信するようになった。それは“家”なのである。私と同じくらいに古くなったこの洋館風の家と庭が、水と油のようになじみにくい者たちをまとめて、私の家族と称させる。ここになじんだ者、この屋根の下で息を引きとった者たちの全てに通ずる。人間ではない生き物だって例外ではない。」
 混沌に回帰して一つになることを希う衝動の物語をまたロマンスと呼ぶなら、これは「家」の醸成するロマンスの話なのだ。斯くも求心的なロマンスに深く捕らわれ、その裡に一生を終えたミヤは、ほとんど外出もせず、外の世界を積極的に「体験」することもなかった。そもそも外へ向かう何らの必要もなかったのだから。
 家が取り壊されてその実体が消えてもなお、「ロマンス」はかつてそこに棲んでいた人々の体内の奥深くに息づいて、そして新たな「ロマンス」を醸し始める。ヨシノは本当に“家”に浸食されないですんでいたのか。
 深まる終末のロマンスには、家も人も、いよいよ解体されることへ向かう、甘美な官能の匂いが漂う。


(なしき・かほ 作家)