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〈島〉に戦争が来た
加藤幸子
太平洋戦争末期、にわかに帝都防衛の拠点となった太平洋上の小さな島。強制的に連れてこられた朝鮮人の少年インスは、厳しい労働に従事しつつ脱出する機会を窺っていた。ある日、インスは島の少女キヨと出会う――。運命に翻弄されながらも結びついて行こうとする少年と少女を中心に、島という世界を丸ごと描き上げる鮮烈な長編。
ISBN:
978-4-10-345209-6
発売日:
2010/07/30
1,680
円(定価)
波 2010年8月号より
〈島〉との出会い
加藤幸子
五年前の冬、老母の世話で体力も気力も凍ったような状態に陥っていた私に、植木屋のTさんがある島の話をしてくれた。釣りのために毎年そこに通っているTさんによると、その島(八丈島)は年中暖かで、眺めのいい温泉場があちこちにあり、鳥や花も多いし、伊豆七島最南端なのに飛行機なら四十五分で行けるらしい。小ざっぱりした庭を残してTさんが帰ったあと、急に思いついた。まもなく母は近所の施設で一週間のホームステイをすることになっている。その間の三日ほどをその島でぼーっと時を過ごそう、と。
八丈島に行くのは初めてだったが、あえて何も調べなかった。島についての知識は黄八丈の産地であり、江戸時代は流刑地だったということのほかは、Tさんから聞いた話に限られている。だから飛行機が着陸する前に、狼が剥きだした牙のような波浪にもまれている島の輪郭を見おろしてびっくりした。青い海に白い砂浜という想像していた風景とはちがっている。でも降りてみると、真冬なのに空気はふんわりと温かく、体の中に張った氷が溶けていくようだった。やはり南の島だ。ただし風が烈しいのは予想外だった。植物のように根を張らないと、よろけてしまいそうだ。
八丈島観光協会に予約しておいた民宿のご主人が車で迎えにきてくれた。沿道は片側が常緑広葉樹の森で、反対側には海に落ちこむ崖が多い。たしかに眺めは抜群にいい。駐車場の隣りに柵をめぐらした空地があった。先代の時代に人気を呼んだ闘牛場だ、と教えられた。そのころは観光客が島民の数を上まわり、島も景気がよかったらしい。ぼーっと時を過ごしにきた私には、少し寂しい今の島のほうがありがたいけれど。
当てられた部屋に荷を入れ、何気なく窓から見おろすと、ひょこひょこと地面を歩いている鳥がいた。首から上が黒く、腹部は鮮やかな朱色だ。まさか、と思いつつ見直したが、やはり紛れもないアカコッコ。ずっと以前、天然記念物として有名なこの鳥に会いたくて、わざわざ三宅島に行って探しまわったことがある。その鳥がまるで東京の庭のキジバトのように歩いていたのだ。
このとき私は、初めて八丈島には私にとって何か特別のものがあるにちがいない、という奇妙な感覚を味わった。ここはどういう〈島〉なのだろう、という強い好奇心とともに。
翌日は散歩の途中知りあった『東京七島新聞』の通信員Fさんが、島内の名所を案内してくださるという幸運に恵まれた。縄文時代の遺物のある資料館、美しい玉石垣を巡らした陣屋跡、関ヶ原の役に敗れ、流されてきた宇喜多秀家と流人でありながら島を愛し『八丈実記』六十九巻を著わした近藤富蔵の墓、巨大なヘゴ群落地や曲がりくねった末に到達した登龍峠から対峙した西山こと八丈富士、途中で名物の明日葉そばをいただき、最後に丘全体をおおうアロエ園に行った。八丈島は何と多彩な歴史と自然を秘めていることだろう。
帰京の当日、とうとう好奇心が休養を求める気持にうち勝って、私は町立図書館に出かけた。その一画の郷土資料室で幾冊かの本や記録を二時間余り拾い読みし、その結果尋常ならざる事実を新たに知ることになった。
太平洋戦争中、八丈島には陸海軍合わせて三万人近い日本兵が駐留していたのだった。島内には現在も当時掘られたままのトンネル(地下壕)が残っている。飛行場や軍用道路などの建設にたずさわったのは、強制連行されてきた朝鮮の人びとであった。大勢の日本兵はなぜ島に来たのか? 限られた面積しかない島の住民たちはどうしたのか? そして朝鮮人たちはこの島でどういうふうに暮らしていたのか? ある冊子の「小笠原・伊豆諸島は捨て石として位置づけられた」という一文には、抑えきれない島民感情がにじみ出ていた。
その日以降、七回、私は八丈島を訪れた。頭の中に流れはじめた物語を、独特の島史と重ねて小説を書くために。様々な取材に協力してくださった八丈町の方々にお礼申しあげたい。
(かとう・ゆきこ 作家)
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