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落合博満 変人の研究
ねじめ正一

無口。無愛想。孤高。愛妻家。そして、野球と勝負の天才。沈没寸前の日本球界の中で、ただ一人気になる男、落合博満。秋田工業野球部「八回入部、八回退部」に始まり、三度の三冠王に輝いた伝説的な現役時代から、あの山井交代事件で世論を二分した監督采配の問題まで、名うてのプロ野球者が読み解く「オレ流」のすべて。

ISBN:978-4-10-372206-9 発売日:2008/04/18

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1,365円(定価) 購入

波 2008年5月号より

いきなりおもしろい
南 伸坊


 導入部からワクワクさせる。すばらしい構成力だ。まるで少年時代に講談本を読んだみたいな昂揚感がある。私は野球にも落合にも淡白な通りがかりの者だが、この導入部に歩を進めるうち、ずんずん本の中に没入し、ずんずん落合にも野球にも興味をもってしまった。
 一項目200字くらいの「伝説」の断片を20項目、一通り読んだところで、知らぬ間に予習が出来て、読者はねじめさんの頭の中から、この本を読むことになる。
 五人のゲストとの対話、その人選が絶妙だ。冒頭に江夏豊。ここでねじめさんの、野球者としての時間の厚み、その知識の豊富さ、微細さ刻明さが生きてくる。不思議なことに既にねじめさんの頭の中からこの本を読んでいる読者にとっては、それがもともと自分の持っていた知識のように思えて少しも違和感がない。
 ねじめさんの頭の中にいる私は、だから、江夏豊を前にしてドギマギしない。落ち着いて話が聞けるし、楽しむことができる。いきなりディープな話になっているはずなのに。
〈高校からプロへ入ったとき、一年目の春のキャンプで、川崎の徳次さんに、一応ドラフト一位で注目の的ですから、「おい、江夏、カーブを放れ」と言われたんです。一瞬「は?」と言いました。自分なりにもぞもぞしながら、「いやあ、自分はカーブ放れないんですよ」と答えたら、川崎さんとキャッチャーしてくれた山本哲ちゃんが、ゲラゲラ笑うんですよ。「お前カーブも放れんとプロ入ってきたんか」と言われた。あの辺からですよ、僕が人間関係で苦しんだのは(笑)〉
 っていうような話がすんなりワカル。これは導入部で、落合伝説を予習しているからなのだ。
〈入団直後の自主トレで、金田正一は「この打ち方ではプロで通用せんぞ」とくさした。二千本安打を打ったにもかかわらず、ただ一人名球会入りを拒否したのは、この一幕が原因と噂されている。
 当時のロッテ監督山内一弘は金田の横で「ああ、そうだね」と相槌を打ち、落合の怒りは頂点に達した〉
 そうして、落合は江夏に出会う。江夏の話の凄みとおもしろさが、ますます落合の魅力をひきたてていく。
 そして、次がなんと赤瀬川原平である。この人選の妙。落合の話が、その時たまたま読んでいた坂口恭平『0円ハウス』に及ぶ、ホームレス自由生活者としての落合博満。
〈「で、僕は乾物屋の息子じゃないですか」
「カンボジアに行っていた?」
「乾物屋ですよ、乾物屋(笑)」〉
 というふうな、老人力バリバリのユルユル対話なのに、話がかみあってくると、スポーツ関係者とはまるで違ったアングルから、野球と落合がたちあがってくる。
 そして次が、豊田泰光である。歯に衣着せない直言と皮肉とユーモアの話術の人だ。この人にかかるとねじめさんは、まるで純真な野球少年である。そして、そのねじめさんの野球少年の純真さが、この本を書かせ、読み手を引き込んでいるのだというのがわかってくる。野球が好きで落合に野球の夢を托しているからこその説得力なのだった。
 冨士眞奈美、高橋春男との鼎談では、野球好きの会話の楽しさが伝わってくる。自分も野球にくわしくなって話に加わったような気持になる。
 そして最後に、落合博満自身のコトバを引いて落合を解明した。しかも〆は詩である。
 最初から最後まで、おもしろかった。
 あとがきに著者は次のように書いている。
「この本での私の仕事は、野球人・落合博満の変人の蓋を開けることであった。とはいうものの蓋を開けるのは簡単ではない。私一人でウンウン唸るより、落合を愛し、落合を知り、落合を面白がる五人の皆さんにテコの支点になっていただき、缶切りで缶を開けるように変人落合の蓋を開けてみてはどうかと考えた」
 著者もいうように結果は上々だった。なんでもなかった私まで今は落合のファンである。

(みなみ・しんぼう イラストレーター)

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