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泣き虫ハァちゃん

河合隼雄/著 、岡田知子/絵

1,430円(税込)

発売日:2007/11/30

  • 書籍

逝去が惜しまれる臨床心理学者河合隼雄氏の、健やかで愉快な少年時代。

「ほんまに悲しいときは、男の子も、泣いてもええんよ」「兄弟ちゅうもんはええもんや」。両親の温かい愛に包まれて、故郷、丹波・篠山の野山を、五人の兄弟たちや同級生と駆け回り過ごした幼い日々。感受性が豊かですぐに涙が出てしまうハァちゃんの、泣き虫ぶり成長ぶりをエピソード豊かに描いた、心温まる物語。

目次
第一話 男の子も、泣いてもええんよ
第二話 どんぐり ころころ
第三話 青山の周ちゃん
第四話 みそしるサンタ
第五話 快傑黒頭巾
第六話 川へ行こう
第七話 クライバーさん
第八話 秘密基地
第九話 あづまはや
第十話 作文はお得意
第十一話 かもめの水兵さん
第十二話 夜が怖い
来てくれる 谷川俊太郎
『泣き虫ハァちゃん』のこと 河合嘉代子

【主な登場人物】
ハァちゃん(城山隼雄)……感受性が強くすぐ涙が出てしまう城山家の五男。
お父さん……厳格だがリベラルな、六人の息子を愛する歯科医。
お母さん……六人の息子たちを温かい愛情でつつむ母親。
オキーちゃん(齋〈ひとし〉)……弟たちに一目おかれている城山家の長男。
タト兄ちゃん(直〈ただし〉)……ハァちゃんに率直な意見を言ってくれる城山家の次男。
マト兄ちゃん(正雄)……ガキ大将でならす城山家の三男。
ミト兄ちゃん(道雄)……一番身近なすぐ上の兄。
いいちゃん(乙雄〈いつお〉)……やんちゃな弟。
青山の周ちゃん……ハァちゃんの大好きな同級生。東京から越してきた。
吉川のたぁちゃん……ハァちゃんの同級生。ちょっとずるいところがある。
きぃちゃん……ハァちゃんの同級生の女の子。だんだんしっかりしてくる。
クライバーさん……城山家の隣りに住むドイツ人。ハァちゃんと気が合う。
広田先生……四年生の時の担任の先生。ハァちゃんとしっくりいかない。
みっちゃん(川崎美津子)……学芸会の練習で知ったかわいい女の子。

書誌情報

読み仮名 ナキムシハァチャン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 192ページ
ISBN 978-4-10-379108-9
C-CODE 0093
ジャンル エッセー・随筆
定価 1,430円

書評

波 2007年12月号より 苦しみに寄り添う、ハァちゃんの涙  河合隼雄『泣き虫ハァちゃん』

小川洋子

 お池にはまったどんぐりが、お家へ帰れるかどうか心配になって泣いてしまうような男の子、それがハァちゃんだ。ハァちゃんは考えることが好きで、作文と計算が得意で、お味噌汁が苦手。誰に対しても、何に対しても、かわいそうに思う心を持っている。
 本書は、河合隼雄さんがご自身の子供時代をモチーフにし、病で倒れる間際まで書き継がれた小説である。丹波篠山の自然の中で、愛情深い家族に見守られ、成長してゆく少年の姿が瑞々しく描かれている。ページをめくりながら私は何度も、もし自分の子供時代がこんなふうだったらと、憧れの気持を抱かずにはいられなかった。
 まず、兄弟たちとの関係が素晴らしい。四人の兄たちは「洋館」と「洋室」の違いを教えてくれる。いじめっ子を蹴散らしてくれる。黒頭巾ごっこの時には、末っ子の乙雄くんも含め、各々満足ゆく役柄を割り振ってくれる。年長者が幼い者をいたわるその心が、ハァちゃんを成長させてゆく。

 男ばかり大人数の兄弟を統率するお父さんもまた印象深い。サンタクロースはお父さんでは、との疑いを持たれた時、両親の取った作戦は実に見事だった。いずれは過ぎ去ってゆく短い子供時代を、精一杯慈しんでやろうとするお父さんの思いが伝わってくる。
 そして何よりお母さんの存在を忘れてはならない。泣き虫の自分を恥じるハァちゃんに、泣いてもええんよ、と優しく話しかけたお母さん。弟のあきちゃんが二つで死んで、お母さんが泣き暮らしている時、その傍らで一緒になって泣いていたのがハァちゃんだった。ハァちゃんは自分では気づきもしないままに、その涙で、お母さんの慰めとなっていたのだ。
 お仏壇の前で、お母さんと一緒に泣いているハァちゃんに向かい、私はそっと耳打ちしたい気持になった。あなたは生涯、そうやって人の苦しみに寄り添う使命を背負い、それを全うすることになるんですよ、と。


(おがわ・ようこ 作家)

泣き虫ハーチャンの思い出

波 2007年12月号より

泣き虫ハーチャンの思い出
河合雅雄

 ハーチャンが子どもの頃は今よりずっと寒く、暖房は掘炬燵と火鉢だけ、冬は手足の霜焼に悩まされた。痛がゆくてとても辛い。ひどくなると赤紫になって崩れる。いい薬はなく、治りにくい。予防には手で手をこすり血行をよくすることだが、ハーチャンはうまくできない。ゆっくりゆっくりこすっているので「もっとさっさとやれ」と三歳上の兄ミトに笑われている。
 靴下がはけない、手袋がうまくはまらない、幼稚園に遅れる、と半泣きだ。見ると靴下は甲と踵が上下逆になり、手袋の人差指の所に指を二本突っ込んでいる。「霜焼がかゆいからそこにあたらんようにしたらこうなった」と言う。「またい(不器用な)やつやなあ、しんぼうセー」とぐいとはかすと、ワーッと泣きだした。
 熟したカラスウリの実の汁が霜焼によく効くというので、よく採りに行った。黒い種子は大黒さんに似ていた。形のゆがんだものを見つけ、「新発見、えべっさん(恵比須)や!」とハーチャンは大よろこび。ぼくとミトは採ることが面白かったが、ハーチャンはそれには興味がない。大黒さんとえべっさんが出てくるのがうれしく、大事にポケットにしまっていた。その御利益が霜焼に一番効いたかもしれない。
 ミトと幼少時のハーチャンのことを話あった。「よう泣きよったのー」と二人。負けん気が強く悔しがりのくせにトランプや花札など勝負事が好きだった。負けると歯をくいしばり三白の目に涙をため、悔しさをこらえてまた挑戦してきた。将棋は滅法強く、ぼくらは負けると沽券に関るので逃げ、もっぱらお父さんが相手だった。
 筋肉系はだめな代りに、神経系は繊細で鋭敏だった。感受性は高く、正義感が強く、人の心をよく見抜いた。「わしらにはおもろいやつやったけど、人によっては厭な子やったろな」そして「あいつは異星人みたいなとこがあったな」とミトと意見が一致した。どうしてもわからん所があったのである。
(かわい・まさを ナチュラリスト)

著者プロフィール

河合隼雄

カワイ・ハヤオ

(1928-2007)兵庫県生れ。京大理学部卒。京大教授。日本におけるユング派心理学の第一人者であり、臨床心理学者。文化功労者。文化庁長官を務める。独自の視点から日本の文化や社会、日本人の精神構造を考察し続け、物語世界にも造詣が深かった。著書は『昔話と日本人の心』(大佛次郎賞)『明恵 夢を生きる』(新潮学芸賞)『こころの処方箋』『猫だましい』『大人の友情』『心の扉を開く』『縦糸横糸』『泣き虫ハァちゃん』など多数。

岡田知子

オカダ・トモコ

1965(昭和40)年富山県生れ。広告制作会社にグラフィックデザイナーとして勤務後、イラストレーターとして独立。透明水彩や鉛筆を用いて、主に出版・広告の分野で活動中。

判型違い(文庫)

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