| 波 2007年11月号より |
渡辺 眸/著 山本義隆/寄稿『東大全共闘1968-1969』 大竹昭子
校内を埋め尽くすタテカン(立て看板)、独特の書き文字、わら半紙のアジビラ、顎紐にタオルの下ったヘルメット……。60年代末から70年代前半までどこの大学でも見られた光景であり、この写真集から汗臭いにおいや、語尾の上がる演説口調などをよみがえらせる人は多いだろう。だが、そのころにまだ生まれていなかった世代は、出来事の舞台が大学だったことすらピンとこないのではないか。竹棒を掲げて集まる群衆の姿は、労働争議の現場のようにも見える。 撮影者が女性の写真家であるのに驚く人もいるかもしれない。渡辺眸さんは写真を撮りはじめた一九六八年に、全学ストライキに入った東大の本郷キャンパスの撮影を開始した。こう書くと、闘争のためにカメラを取上げたジャンヌ・ダルク張りの女性闘士が想い浮かぶかもしれないが、それとはまったく反対のふんわりした雰囲気の人である。もちろん内部には強い抵抗の姿勢を秘めているが、それを荒々しく表出することはない。 ではなぜ写真をはじめたときに東大闘争を撮ったのか。 そこには人の縁がからんでいた。友人の夫が東大全共闘代表の山本義隆氏で、安田講堂にたてこもる彼の慰問に付いて行ったところ、家では「こんにちは」と「さようなら」しか言わない物静かな学者の激しい闘士ぶりに、大きな衝撃を受けたのだった。バリケード内にはほかにも、エリートコースが保証されている第一級の若手研究者がたくさんいた。なぜ将来ある道を捨てて闘おうとするのか。写真家をつき動かしたのは、彼らの「いま」に賭けるエネルギーだったのだ。 新聞社などの写真はバリケードの外から撮られているし、最後の安田講堂攻防戦の写真などは、ヘリコプターから撮影されたもののほうが見た目は迫力がある。だが、この写真集には、それらにはぜったいに写っていないものがある。 新聞紙の上で乾くのを待っているスプレーされたヘルメット、ビラを刷る謄写版のまっ黒な印刷面(まだコピー機がなかったのだ)、流し台で炒め物をつくっている学生、石油ストーブを囲む女子学生たち(多くがスカートである)、「おにぎりがタナの上にあります」という壁のメモ……。バリケードの中に漂う空気のにおいからは、彼らのやれるところまでやってやろうという情熱と、それと同じ分量の不安が想像できるのだ。 実際、東大闘争では多くの研究者が保証された地位を失った。山本義隆氏もその一人で、およそ一年半にわたり拘留され、出てきた後は予備校教師をしながら科学史の研究に勤しみ、著書の『磁力と重力の発見』ではいくつもの賞を受賞した。 本書の最後には、山本氏が闘争以降はじめて当時の模様について語った文章が載っている。ディテールを詳しく説明する彼の口調は、もう昔のことは忘れようという態度からはほど遠い。事実、彼は仕事のかたわら、全共闘運動の記録に力を注いできた。東大全共闘はすべての集団や個人の共闘組織であり、公約数的な主張だけをとりあげても全体像はつかめない、個々の学部や研究所の異議申し立てを記録することこそ重要だ、という信念のもとに、当時のビラやパンフレット類を出来るかぎり収拾・整理し、国会図書館と大原社会問題研究所に納めたのである。変わり身の早い人が多い日本には得難い人物であり、その一貫した生き方に思わず粛然とした。 (おおたけ・あきこ 文筆家) |