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待ち伏せ街道―蓬莱屋帳外控―
志水辰夫

さる藩の江戸留守居役の奥方を西国へ逃がしてほしい――ご法度を承知で危険極まる注文を引受けた仙造。しかし、待ち受ける伏兵をかわしながら隘路を進むうち、女はしだいに本性を現わし始めた……。遥かな旅程を単独で歩き通す「通し飛脚」ならではの膂力と覚悟。山塊の向うに活路はあるのか!? 好評シリーズ第三弾!

ISBN:978-4-10-398607-2 発売日:2011/09/22

立ち読み 書評 雑誌から生まれた本

1,680円(定価) 購入

波 2011年10月号より

『深夜プラス1』を越えて

吉野 仁

 
 志水辰夫は今年で作家生活三十年をむかえる。『飢えて狼』でデビューして以来、いわゆる冒険ハードボイルドの分野で活躍したのち作風の幅をひろげ、多くの熱烈な読者を獲得していった。その後も優れた短編集を出すなどしたが、近年は時代小説に専念し、いくつもの傑作を上梓している。
 新作『待ち伏せ街道』は、『つばくろ越え』からはじまる「蓬莱屋帳外控」の第三集である。
 主人公は、江戸の飛脚問屋、蓬莱屋で働く男たち。彼らの大半は通し飛脚を専門としていた。ひとりの人間にすべてを託し、目的地まで書状や荷、金子を運ぶ、あたらしい商売としての飛脚だった。したがって物語の舞台も、江戸からのびる街道をすこしはずれた山道やだれも通らない峠、もしくは日本各地の名もない村が大半である。
 冒頭に収められた「なまくら道中」は、蓬莱屋の鶴吉が、まだ小僧扱いの奉公人である長八とともに、ふたつの重い荷物を江戸から信州善光寺まで運ぶ道中をたどっていく話だ。荷の中身は仏像だった。しかもそれを奪い取ろうとする者たちから逃れて極秘に運ばなくてはならない。ところが鶴吉の相棒である長八は根っからの怠け者。さすがの鶴吉も振り回されつつ先を急ごうとするが……。
 かつて志水辰夫は、英国作家ギャビン・ライアルの代表作『深夜プラス1』を換骨奪胎した長編『深夜ふたたび』を発表している。『深夜プラス1』は、主人公がある実業家をフランスからリヒテンシュタインまで送り届けようとするストーリー。警察や敵から逃れて重要人物を無事に目的地へ時間内に届けなくてはいけない。その現代日本版が『深夜ふたたび』なのだ。もともと国産の時代小説にも野村胡堂『三万両五十三次』のように、輸送中の宝を敵味方が奪い合うという一連の道中ものがある。本書の「なまくら道中」も話の骨格はこれらと同じ。敵が待ち伏せしているだけではなく、随所に謎が隠されており全体のサスペンスを強めている。
 くわえてこの「なまくら道中」では、長八という「困った男」が旅の相棒となることで、主人公が困惑したり混乱したりするというユーモラスな展開が見られる。これも本シリーズの大きな特徴かもしれない。やっかい者なのにどこか憎めない。それでいて甘やかすとつけあがる。つまらないことでしくじるが、転んでもただでは起きない。そんな根はしたたかで訳ありな人物の登場により波乱万丈の道中の行方がますます予断を許さないものとなっているのだ。
 また「峠ななたび」で登場する吟二郎は、ふだんは町道場の剣術指南をしている男。だが、蓬莱屋に最初は用心棒で雇われ、飛脚の仕事ぶりや地方の実態を見ているうちに、時代の変化を感じとった。江戸末期、単に書や荷が行き来するだけではなく、お家の一大事にかかわる極秘事項がまたたくまに江戸から地方へ、地方から江戸へと伝わっていった。武士の世は、黒船来航などの外圧だけではなく、その内側からも変わろうとしていたのだ。いわば流通や情報の革命の波が時代や人に大きな影響を与えていた背景を描いている。
 最後に収録された「山抜けおんな道」は、とある大名の元江戸留守居役の奥方の望みを叶えようとする物語。密かに郷里へ戻りたいと言うのだ。こちらも『深夜プラス1』のごとく依頼人を目的地まで送り届ける話だが、もちろんただの焼き直しではない。それどころか、題名に「山抜けおんな道」とあるとおり、くだんの奥方が鍵となり、思わぬ展開を見せていく。
 志水辰夫の作品では、物語が進行するにつれ、はじめはおぼろげだった登場人物の輪郭が次第にくっきりと示されることが多い。しかも、おもての皮を一枚ずつ剥いでいくかのように、いかにも人間臭い、その人自身の素の顔をのぞかせていく。こうした展開により、知らず興をそそられていくのだ。しかも、つねに読者をいっぱい喰わせたいと狙う作者の企みが最後の一行で見事に決まっている。本書は、憎たらしいほどの魅力にあふれた時代小説集なのである。

(よしの・じん 文芸評論家)

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