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見えない音、聴こえない絵
大竹伸朗
絵画を軸に立体や版画、コラージュなど幅広いジャンルで活動を続ける画家は、絵そして芸術の「根っこ」の在り処を探し続ける。尽きることのない創造への衝動と、その原点たる少年期の追憶から、「全景 1955-2006」展へ向けての軌跡、創作の日々のなかで心に浮上する現在と未来を記録した、待望のエッセイ集!
ISBN:
978-4-10-431002-9
発売日:
2008/12/19
1,890
円(定価)
波 2009年1月号より
衝動のその奥へ
石川直樹
本書のなかの「宿無し空」というエッセイが好きだ。
「衝動に従うこと、どんなことになろうともどんな場所にブチ込まれようと、次を作ること……結局そこに突き当たる」「たとえ大地震ですべての美術館が崩れ落ちようとそれはそれ、その崩れ落ちた場所に絵を一点でも多く並べてみるしかない、そう思った」。
2006年に東京都現代美術館で行われた大規模な(という言葉以上に大規模な)個展を行うにあたっての決意のようなものが、不安を払拭するように、或いは自分に言い聞かせるように綴られる。その抜き差しならない切実さと自分や他人に対する誠実さは、展覧会を前にした心境であるばかりでなく、いつお会いしても大竹さんの全身から滲み出ている。目の前の世界へ向き合うそうした姿勢に、ぼくはたまらなく惹かれる。
『見えない音、聴こえない絵』は、「全景 1955-2006」展のはじまりから終わりに関連する文章を集めた「全景」という章をはさんで、過去の記憶から紡がれる「遠景」、飽くなき日常に続いていく「近景」という三章に分かれている。こう書くとまとまりがいいが、実はそれぞれのエッセイは、第三者が規定するそうした枠組みからすべてはみ出しており、つまりは大竹さんの「制作に直結する衝動や思い」が、あるテーマや素材に言及しつつ、どのページにもこれでもかこれでもかという具合に強く深く刻み込まれている。
大人は信用できないと思っていた10代の頃、唯一自分が信頼していて、なんでも相談できると感じていた大人は、九州に住むカヌー乗りのおじさんだった。会社や組織に属さず、社会から多少白い目で見られようとも、好きなカヌーを好きなだけ川で漕ぎ続けて、時に毒を吐き、自分の考えを正直に口にする。他人に媚びず、一人でいることを厭わない。他の誰に「勉強しろ」と言われても従わなかったのに、その人に言われればぼくは納得して勉強もした。
大竹さんと出会ったとき、その人と同じ雰囲気を感じた。正面からぶつかっていってもピクリともしないような固い根がある、太い樹を想像させたのだ。「絵の根っこ」という一文に出てくる言い方に従えば、これこそがそこらへんにいる「大人」と「画家」との違いということになるのだろう。
宇和島にある彼のアトリエを訪ねて、思いはさらに深まった。高い天井のアトリエ内は、びっしりと作品で埋め尽くされている。描きかけの絵や作りかけのコラージュを見ながら、この空間で一人黙々と何かを生み出す絵描きの姿が頭に浮かんだ。サボテン園の混沌とゴッホの絵具の盛り上がりを重ね合わせ、大竹さんは「真っ当な孤立」という言葉を本書のなかで呟くが、それはそのまま彼の立ち位置を表しているといってもいい。
作品を制作するにあたって重要なのは、あらかじめ確定されたコンセプトや結果として何を作るかということよりも、なぜそれを作るかという動機の部分である。そこに存在する言葉にできない衝動や思いの強さが、ありえない偶然や出会いを呼び込み、作品に揺るぎない強度を与える。おそらくぼくが大竹伸朗のあらゆる作品に言いようのない「ヤバさ」を感じるのはおそらくこのあたりに理由があるのだと思う。
理屈を超えた思い、道理のない動機、言葉を一切無意味にする矛盾、絶対の力に対する無意識の抵抗、唐突な隆起、異常な盛り上がり、流されていく自分に入れる蹴り、理不尽な何か、小数点以下の余り、重要な闇……、こうした言葉の数々が本書のキーワードになっているとぼくは勝手に思っているのだが、これらを並べただけでも、ただごとではない力によって、真正面からぶん殴られた気持ちになる。
本書を読めば「創作の源になるものは何か」などという類の問いを彼にぶつけることは、もはやなくなるだろう。無数にありながら渾然一体と化した回答は、収録されたすべての原稿に含まれている。答えを受け取ると同時に、自分も負けないぞ、と心から思った。読後に湧き上がった“衝動”を胸に、ぼくは歩き続けるだろう。大竹さんの背中がそこに在る限り、ずっと歩き続けられると思うのだ。
(いしかわ・なおき 写真家)
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