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絶倫食
小泉武夫
古今東西、あっちを元気にするための、涙ぐましい努力と飽くなき探求――。中国皇帝の伝説的強壮剤から、ヘビやトカゲを漬け込んだ強精酒、アリや巨大ヒルの仰天食、そして、効き目に科学的根拠が考えられる、毎日のお役立ち食材まで。時には、コイズミ先生も自ら試してむっくりムラムラ……。精がつく、世界の食べもの大集合。
ISBN:
978-4-10-454803-3
発売日:
2010/08/25
1,365
円(定価)
波 2010年9月号より
なんか、勃ってきそうです。
高橋秀実
私事で誠に恐縮だが、四十五歳を過ぎた頃から次第に勃起がゆるくなってきた。かつてのような張りがなく、あったとしてもすぐゆるむ。「ゆるんだ」と思うとますますゆるみ、かといって、下手に「頑張れ」などと激励しても、激励を要するほどダメなのかと逆に消沈し、「大丈夫、大丈夫」と慰めたりすると、その憐憫の情を体現するかのようにうなだれてしまう。セックスはコミュニケーションだという人もいるが、我ら中年男子はセックスの前にこうして自身との虚しいコミュニケーションに労力を費やし、そのせいか肝心な営みのほうが疎かになってしまうのである。
本書は発酵学者として有名な小泉武夫さんによる「男のための絶倫食講座」。早い話、勃起するための食案内ということで、私はそれこそ食い入るように一気に読んだ。さすが古今東西の食に精通した小泉先生。回春・強壮情報が満載というか、ページ全体に漲っており、息もつかせない。カツオ節、納豆汁、お粥などの身近なものから、オットセイや鹿の睾丸など怪しげなものまで多種多彩。中国には交尾した状態でトカゲが浸かっている強壮酒、南米では薬草のマカ(「マカ」には「長大なさま」という意味もあるそうだ)、カンボジアではカブトムシ(焼いて食べると「男根に角が生える」といわれているらしい)……。先生はそれらを実際に食べており、沖縄のヤギ汁「ヒージャーヌチーイリチャー」を食した際など、鼻血が出て下半身が「ズンズン、ギンギン」となり「独りでは持てあましかねない状況に陥」ったそうなのだ。彼の食に対する造詣の深さと貪欲ぶりには圧倒されるばかりだが、私が目を見張ったのは彼の文章である。例えば「蛤」の講釈。もともと貝類にはタウリンやベタイン、グリコーゲン、ミネラル類などの「精力が漲ることに繋がる」物質が多量に含まれており、科学的にも強精効果が立証されているらしいのだが、さらに、
「貝というのは、生の剥身を太陽に曝しておきますと、水分がどんどん飛んで行って硬くなるに従い、匂いも高まって行きます。そして何とその匂いが官能的であったりするのですなあ。美女の肉感的温もりを持った甘酸っぱい匂いと申しますか、少し汗臭いと申しますか、とにかく悩殺的な匂いになる。特に蛤などは、上手に干し上げますと、その匂いは立ち所にして欲望を引き起こしてしまうほどになるのであります」
文章が勃起している。実際の干物の効果はさておき、「硬くなる」「匂いが高まる」「立ち所にして欲望を引き起こしてしまう」などという表現には催淫効果があり、読むとつられて私まで勃起しそうになるのである。絶倫食の中には効果がなかったものもあるそうだが、それについては深追いせず、とにかく効いたもの、効きそうなものを追い続ける。考えてみれば、勃起も海綿体に血液を送り続け、逆流させないことで生じる現象。振り返らずひたすら前へ。彼の姿勢そのものが勃起を象徴しているのだ。
先生の解釈によれば人類創世も精力のなせるわざである。聖書にはアダムとイブが禁断の果実を食べることで楽園を追放されたとある。この果実はリンゴだというのが定説だが、先生はイチジクだと主張する。リンゴは寒冷地の植物で彼らのように裸で生活できるような所には育たない。そしてイチジクに多く含まれる亜鉛は「セックス・ミネラル」と呼ばれるほど強精効果(精子の数を増やす)があるらしい。だから彼らはイチジクを食べることで「裸であることに気づいて恥じ、あわててイチジクの葉で腰の周りを隠した」というのである。はじめに勃起ありき。ゆえに、「いつの時代でも男というものは常に自分の性器が元気で、そして逞しいままでいてほしいと強く願」うのだ。昨今は草食系男子が増えているといわれているが、先生によれば、野菜には神経細胞を刺激する水溶性ビタミンが含まれているので、欧米の菜食主義者などは「とても強い」のだとか……。
小泉先生の筆にかかれば食べ物はすべて「絶倫食」のような気がしてくる。食べれば勃つ、といわんばかりの精力に感化される一冊。単なる博識にとどまらず、物事に「精通」するとはこういうことなのかとあらためて思い知らされた。
(たかはし・ひでみね ノンフィクション作家)
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