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純情エレジー
豊島ミホ

べつに恋や愛を真剣に考えたわけじゃなく、ただカラダを重ねただけなのに……上京して、仕事して、別の恋人ができても、ふとした瞬間に心を支配する愛しい思い出たち。20歳のデビューから7年。より甘く、切なく、官能的に開花した著者が、人生最初の岐路に立った「オトナ」になりかけの女の子を描く全7篇。

ISBN:978-4-10-456003-5 発売日:2009/03/19

立ち読み 書評 雑誌から生まれた本

1,365円(定価) 購入

波 2009年4月号より

撫でられ、撫でた記憶
東 えりか


 青山テルマは歌う。自分と離れてしまった恋人へ、いつまでも待っていると。心配しなくていい、心は変わらず待ち続けていると。
 豊島ミホの最新刊『純情エレジー』を読んでいる間、私の耳には昨年の大ヒット曲「そばにいるね」がずっと流れ続けていた。自分を置いて、どこかに行ってしまった恋人を恨むわけでもなく、自分が置かれている立場を嘆くわけでもない、淡々と「待っている」を繰り返すこの曲は、もしかするとこの世代の女性が普通に持っている感覚を、ビビッドに映し出しているのかもしれない。
 20歳、大学生ながら「女による女のためのR―18文学賞」第1回読者賞に輝いた豊島ミホは、それから6年、突っ走ってきた。『純情エレジー』で16作目。デビュー作『青空チェリー』から玄人受けする作品で、実際、書評家や書店員などから圧倒的な支持を受けてきた。しかし、次々と出る著作を目の前に、書きすぎて疲れなければいい、と思っていた。
 昨年11月、小説新潮に休筆宣言が出されたときも、私はそれほど驚かなかった。やっぱり彼女はギリギリだったんだなあと、むしろ同情したくらいだ。休ませてください、と素直に言うことは勇気がいっただろうけれど、何も言わずこっそり書かなく、いや書けなくなってしまうよりずっといい。
 小説家というのは、過酷なアウトプットの仕事だと思う。自分の経験したこと、知っていることを溶け込ませ、様々な物語を紡いでいく。経験は底をつき、知識が追いつかなくなっても、読者は「もっと新しい面白い作品を」と熱望する。編集者は簡単に、違う切り口で書けと言うだろう。でも違う切り口って何だ。数少ない経験をいくつもに切り刻むことなんて出来るわけがない。
『純情エレジー』は7作の短編で作り上げられた、とても美しく切ない作品である。どの作品も、主人公が前に出るのではなく、ひとつ体を引き気味な恋の物語になっている。男も女もがつがつとお互いを求めはしない。
 もちろん、セックスの覚え初めは、誰もが夢中になるものだ。好きな人とはずっと繋がっていたいし、いつだってどこだって欲しくなれば止め処がない。どんなことだってできるし、好奇心は止まらない。若い身体は正直に生殖を求める。どんな植物だって咲きたての花に虫は群がる。
 それなのに、なぜか心は醒めている。追いかけようとはしない。自分のものにしようとはしない。抱き合えるときだけ激情をすべてぶつけ、それ以外のときは、ふうわふうわと漂っているみたいだ。そんな恋をしたことがあっただろうか。忘れてしまった。
 触られて気持ちのいい場所は、人の輪郭に沿ってある。髪の毛、耳の外側、うなじ、指先、わき腹、膝の後ろ、乳首、腰の上。羽根で触られるような微かな刺激が、身体の中心を熱くする。童貞を喪失する磐田も、十七歳の遥と照も、西目に捨てられた弓子も、皮膚を撫でられる快感から逃がれられない。そして、より深い快感を求め与えようとしていくのだ。オーガズムを小さな死だと言ったのは誰だったか。いくら死んだってまた蘇り更なる快感を求め続ける。豊島ミホの小説は、撫でられ撫でた記憶を呼び覚ます。胸の奥がズンと痛くなる。そんな思いをさせた誰かの顔を思い浮かべてしまう。
 本書を含めて、豊島ミホの小説があと数冊しか読めないと思うと、本当に寂しい。これはずっと彼女の小説が好きだった多くの読者と私も同じだ。でも好きなだけ休めばいいとも思う。江戸川乱歩だって筒井康隆だって休筆宣言したじゃないか。もしかしたら次に会うときは「豊島ミホ」でないかもしれない。それでもいいじゃないか。日本語には「英気を養う」といういい言葉がある。十分に養ってくればいい。
 それにしても、『純情エレジー』、読み終わると……シたくなる。困る。

(あづま・えりか 書評家)

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