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ビッチマグネット
舞城王太郎

なんだか妙に仲のいい、香緒里と友徳姉弟。浮気のあげく家出してしまった父・和志とその愛人・花さん。そして、友徳のガールフレンド=ビッチビッチな三輪あかりちゃん登場! この長篇は、成長小説であり、家族をめぐるストーリーであり、物語をめぐる物語であり……。とにかく、舞城王太郎はまたひとつ階段を上った。

ISBN:978-4-10-458005-7 発売日:2009/11/27

立ち読み 書評 雑誌から生まれた本

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波 2009年12月号より

「第二期舞城王太郎」の開幕

佐々木 敦


 究極の多重解決メタメタミステリにして極北の可能世界SFの超大作『ディスコ探偵水曜日』の完成以後、舞城王太郎は確かに変わったように思える。中編「イキルキス」「すっとこどっこいしょ。」では『ディスコ』で極まりに極まった過剰な実験志向は影を潜め、小説世界の構造的にも過剰なややこしさから一種の平易さへの旋回が見られる。それでも勿論、彼の小説が他の小説家が書くものとは大いに違っていることは言うまでもなく、むしろ表面的にはいわゆるフツウの小説に近づいた分だけ、舞城の舞城らしさがアバンギャルドさとは別の次元でむっくりと立ち上がってきたように思える。そんな、いわば「第二期舞城王太郎」の本格的な開幕を告げる長編が、この『ビッチマグネット』である。
 この作品は、これまでの舞城作品においてもひとつの太い脈を形作ってきた「家族もの」である。というか、彼の小説の殆ど全ては、何らかの意味で「家族」を主題にしている。今回は、愛人を作って家出した父、その結果やや精神を病んでいる母、物事をやたら突き詰めて考える癖のある姉(彼女が語り手)、そして優しく真っ直ぐな性格ゆえに面倒臭い女の子を引寄せる(これがタイトルの「スベタ磁石」の所以)弟、という四人家族の物語で、姉が中一の頃から就職して働くまで、結構な長さの時間が流れる。弟想いを通り越してブラコンの気がある姉が、弟がハマったビッチと渡り合ったり、父の愛人と思いがけず仲良くなったり、などといったエピソードが例によってスピーディーでリズミックな語り口で描かれていき、その合間に例によって姉のモノローグで「人生」とか「愛」とか、或いは「物語」とかにかんする、哲学的と呼んでもいいような、青臭くも深い(深くも青臭い)、ああでもないこうでもないという考察が延々と挟まる。こう書くと舞城を読んだことのない方はおそらく、まあ割とよくあるホントにフツウの小説を想像するのかもしれないが、そこは舞城、やっぱり妙な要素が沢山ノイジィに入り込んでいて、最初の方に出てくるキリンの腹に誰かが「ヴァンプス・アー・リアル(吸血鬼は実在する)」とマジックで落書きしてあった、という謎の挿話を伏線ぽく語っておいて特に回収しないなんて、いかにも「らしい」(解答のない謎の氾濫は舞城の得意技のひとつ)。だが、それでも過去の作品に較べたら、ここには異常さも過剰さも希薄で、姉の家族に対する揺れ動きながらも一貫して強く在り続ける気持ちと、自分自身の人生に対する逡巡や覚悟、といった「家族もの」らしい事柄が、迂路に入り込むことなく、ちゃんとしっかりじっくり物語られてゆく。そしてこの「物語」は、良い意味でフツウの意味で、すこぶる感動的なのだ。
 冒頭に述べたように、この小説にはメタ的な設定は基本的にない。だが、それでも尚、これが明確に『ディスコ』以後の作品だと思えるのは、よくあると言えばよくある、ごく平凡な「家族の物語」の登場人物兼語り手である姉が、自分が「物語」の「登場人物」であるということを、ある意味では終始自覚しているからだ。彼女は問いかける。「物語を生み出すに足る《経験》ってどこでどうやって手に入れられるんだろう?」「物語ってどうやって創っていくんだろう?」。これは直截的には彼女が小説を書いてみようとしていきなりぶち当たった困難についての発言だが、しかし同時に、読者である我々からしたら、この『ビッチマグネット』という「作品=世界」の中で自問される、この「小説」自身による問いかけでもある。つまり姉にとって、この「物語=小説」は、そのまま彼女の「世界=人生」そのものなのだが、それをひっくり返せば、そもそも我々の「人生」だって、つまりはそれぞれにとって、お互いにとって「小説=物語」のようなものなのだ、という、これもひょっとしたらよくあるものかもしれないが、それでいてあまり真正面から見据えられたことのない真理が、この小説の真の主題なのだと思う。
「小説=物語=人生」が、すこやかで切実な等号で結ばれた、メタフィクション以後の「フツウの小説」。舞城王太郎は、ここからまた新たな歩みを踏み出していくのだと思う。


(ささき・あつし 批評家)

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