| 波 2003年5月号より |
最相葉月『あのころの未来─星新一の預言─』 ■最相葉月(さいしょう・はづき) ノンフィクション・ライター。1963年生まれ。科学と人間を主なテーマに精力的な取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対音感』、『青いバラ』、『なんといふ空』などがある。 ■星香代子(ほし・かよこ) 故星新一夫人。星新一は日本最初のSF同人誌「宇宙塵」の創刊に参画し、ショートショートの分野を確立した。1001編を超す作品を残したSF作家の第一人者。1997年、死去。享年71。 二十五年ぶりの“再会” 星 最相さんは生命科学の取材で活躍されていらっしゃるから、星の小説でも、その分野を扱ったものに関心がおありですね。今度出された本(『あのころの未来 星新一の預言』)は星の小説をもとに最相さんが考えたり、感じられたことを綴ったものですけど、まずはその点がとても新鮮でした。 最相 どうもありがとうございます。これまで語られるのは、どういう分野のものが多かったんですか。 星 初期の頃は宇宙や未来のことばかりで、その流れで「星新一と言えば、宇宙」。ずっとそんな感じでしたね。 最相 そもそも私が星さんの作品を読み直すきっかけは一昨年の夏、東京新聞からエッセイを依頼されたことでした。ミュージシャンや画家など異なる分野の方が「新・幸福論ノススメ」の通しタイトルで、いま現在の幸福について考察する連載企画があり、私に与えられたテーマは「科学と幸福」。クローン人間や体外授精について書こうと思ったのですが、難しい話になってしまいそうで、また私のなかでも整理のついてなかったことがあり、書きあぐねていたところ、たまたま『ボッコちゃん』の文庫を手に取り、最後に入っている「最後の地球人」を読んだんです。星さんのショートショートと言えば、中学生の頃に夢中になり、実に二十五年ぶりの再会でした。改めて読んでみて、こんなことが書いてあったのかと大袈裟に言いますと、血が逆流するくらいの大変な衝撃を受けました。その物語は、地球上の動物も植物も死に絶えて、人間だけが生き残り、だんだんと子どもを産めなくなり、最後に残った男女の間に生まれた子どもが創造主だったと思わせて終わる。そこには物語としての面白さばかりでなく、辛辣な文明批評と哲学的なメッセージがこめられているようで、いま一度、読み返してみたいと思ったのです。 星 「ひとつの装置」は読みました? 最相 はい。『妖精配給会社』におさめられた一編ですね。 星 なんだか、おかしな装置がつくられ、人類が滅亡してから千年経つと作動して、弔いの言葉と葬送の曲が流れる……。私、この小説を読むと、いつも泣けてしまうんです。最相さんが毎週、毎週、お書きになってくださったおかげで、私も星の小説を読み返すようになっていました。 最相 本当は星さんの小説、つまりショートショート一○○一編とほか何編かすべて読み終えてから書き出したかったのですが、ちょうど週刊誌の連載のお話があり、読みながら書き、書きながら読むことになってしまいました。でも驚いたのは、こちらがその時々で書きたいと思う時事的なテーマにふさわしい星さんの小説を探すのに全く苦労しなかったことです。臓器移植をテーマにした小説もあれば、ネット社会の脅威を見通した物語もある。主に一九六○年代に書かれた小説なのに時代を現代に移して、科学的な視点からでも、別の問題に置き換えても充分読める。たまたま私はクローン羊ドリーを誕生させたロスリン研究所のウィルマット博士にインタビューする機会があり、それ以来、生命科学の取材をつづけてきましたが、現代の技術と星さんの小説を照らし合わせることで、なにか見えて来るものがあると強く感じました。 星 私が星の小説を読むのは書きかけや原稿のあがったときでなく、すべて印刷されてからでしたから、当時はドキドキしながら送られてくる雑誌を読んだものです。あのころのドキドキを再び味わわせていただいてました。 一枚のメモと料理法 最相 星さんの御執筆の舞台裏についてうかがわせていただきたいのですが、たしか結婚された年の一九六一年に初めての小説集が刊行されたんでしたよね。 星 そうです。『人造美人』というタイトルで、これが後の『ボッコちゃん』。 最相 お仕事のことや小説について話されたりすることはありましたか。 星 まずなかったですね。結婚前、書いてる最中にお茶なんか持ってこないように言われてましたし、邪魔しないようにこちらは気遣い、書斎はひとりきりの世界で、他人が入る余地なんてありませんでした。 最相 星さんみたいに未来を想い描くには時事的な問題にアンテナを張りめぐらし、取材でもしていないと難しかったと感じましたが、取材や情報収集はどのようにしてましたか。 星 どこかに出向いて、情報を集めるような人ではなかったですね。ずっと家にいましたから。本や新聞、雑誌によく目を通し、低俗な番組も含め、テレビは好きで観ていました。こんな日常生活からなにか感じ取っていたのではないかと思います。なにか思いつくとメモを取り、単語や二、三行のセンテンスを小さな紙に縦や横、斜めにびっしり書き込んでました。 最相 星さんの小説には臓器移植や体外授精に象徴される医学の進歩と人間がどうあるべきか、といったテーマが一貫してあるように思いました。特別に関心を持たれていたことはありましたか。 星 どんなことにでも興味を持っていたので、医学だけは特別、ということはなかったと思います。いろいろな分野のことを書いていたでしょう。最近、思うんですが、星の小説の書き方はお料理に似ていたなと。お料理は材料の組み合わせで、いかようにもつくれますでしょう。素材をいろいろなところから仕入れ、組み合わせ、物語をつくっていたように思います。 最相 たしかに一つのテーマでいくつものパターンの物語をお書きになってますね。臓器移植なら、移植を行う側、受ける側、家族や違法性を取り締まる側の物語と複数あります。立場によって考え方が変わり、しかも誰かの立場に立つわけでもなく、問題の本質を鮮やかに浮かび上がらせ、切り取ってみせる。かわいらしいところではクリスマス・イブの二つの物語。ひとつは本当に現れたサンタクロースを誰も信じてくれなくて、サンタが怒って帰ってしまう話。もう一編は、サンタを自分のところへ寄越してくれた善意のひとが世の中にいると知り、ひとを思いやる、あたたかい気持ちの連鎖が生まれるもの。二つの作品は読後感が全く異なり、お書きになった五年の間に特別な心境の変化か転機となる出来事でもあったのかと想像していたのですが。 星 星の物語は本当につくりもので、実際に経験したことや日常生活がそのまま出て来ることはなかったですね。思い当たる作品はたった一編だけで、娘の夜泣きがひどかった頃に書いた「あ~ん。あ~ん」。泣きだすと、どうしようもなくて、歌をうたったら、泣きやんだという話。同じ材料でも、味つけ次第で甘くもなれば、辛くもなるし、酸っぱくもなる。やはり星の小説はお料理に似てますね。魚をすりつぶして、かまぼこや竹輪にしてしまうと、もとが何であったかわからなくなるでしょう。それと同じで、なにを材料に使っていたのか、私にもわかりませんでした。 最相 星さん御自身、風俗であるとか、現実の具体的な事柄、あと性に関することは出来るだけ排除するようにした、とお書きになってます。書かれてから四十年以上経っても、物語が色褪せることなく、その時代なりの読み方が可能な理由の一つは、その料理法にあったんでしょうね。 悪知恵と“明るい未来” 星 最相さんの連載が始まった直後から、パソコン雑誌や新潮社のケータイ文庫でも、星の小説が取り上げられるようになりました。 最相 本当に偶然が重なっただけですが、同時に必然性のようなものも感じます。生命科学の現場を取材しながら私などが感じていたところでは、科学が驚異的に進歩し、神の領域であったことまで可能になりながら、いま起こっていることをどのように理解し、どのように向き合えばいいのか、わからなくなっている。そんなとき、むかし夢中になった星さんの小説を読み返してみると、こんな考え方があるよ、四十年以上前に夢見た世界にあなた達は立っていて、こんな風に生きたらいいんじゃないか、と語りかけてくるものを感じるんです。たとえば寿命が八十数歳から百二十歳に延びることもいまや実現化しそうですが、さらなる人生四十年を幸福に生きるには、どうしたらいいのか。星さんは「長い人生」で、この問題を皮肉まじりに描いてます。また、細胞を凍結保存して、永遠の生を望む人間の不幸を物語る「神殿」や臓器提供ビジネスの被害者不在の様子を描く「合法」など、科学と人間について考えるときの言葉と考えるための物語を与えてくれているような気がします。 星 人間の知恵がどんどん発達するとともにその知恵を悪用する悪知恵の方もまた発達するでしょう。だから、結局どこまで行っても同じことになる。いいこともあれば、悪いことも起きる。だって科学が発達しなければ大量破壊兵器なんてものはつくられなかったし。悪知恵について星は随分と書いていますが、犯罪に利用されなければいいとずっと思ってました。 最相 星さんの「涙の雨」は全国のいたるところで催涙薬を流し、景気浮揚をはかる広告代理店の部長さんの話。〈なみだ計画〉は大当たりし、しまいに大量の涙は水蒸気となって雨となり、洪水となる。9・11テロ以後の世界を見ていると、安っぽくても、いっそ涙の雨が降って、すべてを洗い流してしまえばいい、と私はこの本で書きました。星さんの小説は犯罪のヒントになるどころか、むしろ技術を悪用して悪巧みをたくらむ人間に罰を下してます。 星 そのように読んでくださるといいのですが。なにしろあの人は出無精で、自分の小説のタイトルにある通り、“ものぐさ太郎”さんでした。だから楽になることは大いに結構で、ボタン一つで、なんでもしてくれ、電話をあちこちにかけまくって、指令を出して仕事をしている人の話なんかは嬉々として書いていたでしょうね。 最相 生活が便利になる、いわゆる“明るい未来”は割と肯定的に描いてますね。 星 それは、あの人の願望でしたから(笑)。でも便利になる一方、障害や困ったことも必ず起きる。科学も技術も使う人次第で、いかようにも悪用できてしまう。星は頭のなかで材料を組み換えながら、自分の願望と冷めた眼差しで人と社会の行く末を見つめていたような気がします。 |