| 波 2006年5月号より |
吉川トリコ『グッモーエビアン!』 金原瑞人
音楽好きな学生と話しているとよく「ファンキー」という言葉が出てくる。「どういう意味か知ってる?」とたずねると、「……っとぉ、あの、こう、かっこいいっていうかぁ、ちょっとユーモラスっていうかぁ……」というふうな答えが返ってくる。英語の教師としては、おいおい、ちょっと待てよ、といいたくなってしまう。 ‘funky’という言葉は、もともとは「くさい」という意味だから、決してほめ言葉ではなかった。さらに細かい意味としては、黒人の強い体臭を表していた。そこから、アメリカ南部のカントリー(田舎)ブルースなんかの雰囲気をそう呼ぶようになる。黒人っぽい、という感じかな。これがそのうちに、じんとくるとか、かっこいいとかという意味になっていき、そういうのっていいよね、たまらないよね……ああ、ファンキーだね、というふうに使われるようになり、やがて、R&Bやロックンロールなど、広く色んな音楽にも使われるようになる。 というわけで、『グッモーエビアン!』。 お母さんはピンクの髪の毛に、赤いアイシャドウと口紅、トゲトゲのついた革のビスチェ……という、元パンク少女だったけど、いまは、デキるキャリア女性ふうに見事な変化を遂げている……ものの、本質はちっとも変わらず、「うちのルールはただひとつだけ『おもしろければいーじゃん』。ほれ、言ってみ」というのが口癖。お父さんのヤグは中卒で、昔は金髪をつんつんに立てて、顔中にピアスを刺していた……ものの……いまもプータローで、永遠のパンク少年……のわりには、へらへらしていて、頼りにならず、「とってもおばかでおきらく」で、ろくにかせぎもない。ところが、このヤグ、いきなりオーストラリアに移住すると宣言。一家三人の暮らしは激変しそうになるが……この常識も良識も軽々と超越したふたりに育てられた、はつき、多感な十五歳はまさに疾風怒濤の生活を送っている。それも『あでえっ!』『でらわやだが……』という名古屋弁の世界で。 どたばたのユーモア青春小説、そんなふうにくくってしまうとわかりやすい。が、読み返してみると、切なくて切なくて……なにがそんなに切ないかというと、三人が必死になって、おもしろく楽しく生きようとする、そのあまりに切実な姿が切ない。 そして最後、ラスト、エンディング……これがすばらしい! いいよいいよいいよ……すっごくいいんだな、これが。 読み終えて、ふと、ふぁんきぃだな、と思った。 村上龍の『69』、芦原すなおの『青春デンデケデケデケ』、吉川トリコの『グッモーエビアン!』、ぜひ読みくらべてみてほしい。どれもロックがらみ、ストレートで読みごたえのある、そうそう、ふぁんきぃな青春小説の傑作だと思う。 (かねはら・みずひと 翻訳家)
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