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張り込み姫―君たちに明日はない3―
垣根涼介

企業のリストラを代行する会社に勤める真介の仕事は、クビ切り面接官。「人間にとって、仕事とは何か――」。たとえどんなに恨まれ、なじられ、泣かれても、真介はこの仕事にやりがいを感じている。今回のターゲットは、英会話学校、旅行会社、自動車業界、そして出版社だが……。働くあなたに元気をくれる傑作人間ドラマ。

ISBN:978-4-10-475003-0 発売日:2010/01/18

立ち読み 書評 雑誌から生まれた本

1,575円(定価) 購入

波 2010年2月号より

愛が一枚噛んでいる

東山彰良


 今年は「リストラ請負人」がくるかもしれないぞ。
 まずは、きたる三月七日に発表されるアカデミー賞。今年の大本命と目されている『マイレージ、マイライフ』(ジェイソン・ライトマン監督)は、ジョージ・クルーニー扮するマイレージ依存症のリストラ請負人の物語だ。
 そして、そう、この『張り込み姫』だ。突然の体調不良で休筆を余儀なくされた垣根涼介の復帰作となるわけだが、ご存知リストラ請負人、村上真介シリーズの第三弾である。
 休筆する前の垣根涼介に、俺は会っている。二年前のことだ。とある小説誌が企画した対談のあと、シティホテルの最上階のバーで、俺たちはカクテルを飲みながら愛を語りあった。比喩なんかじゃない。おっさんがふたり、本当の本気で愛について語りあったのだ。俺たちは不敵で、自由で、大物作家たちの本をあげつらっては、「あいつの小説には愛がねえんだよ」などと気炎を吐いた。
「東山くん」そのとき、垣根涼介は紫煙に言葉をまぎらせてこう言った。「愛ってなんだろうね」
 愛を口にするやつには気をつけたほうがいい。俺を壊そうとしているか、自分が壊れかけているか、ふたつにひとつだ。その数カ月後、垣根涼介は、止まった。
 感慨深いじゃないか。俺には彼の身になにが起こったのかはわからない。だけど、愛が一枚噛んでいるのは間違いない。そんなロクデモナイものにクソ真面目にむきあい、律儀にぶっ壊れる作家がいるなんて!
 で、前の二作(『君たちに明日はない』、『借金取りの王子』)も読みかえしてみたのだが、今作とのあいだに断層などまったく感じられなかった。真介は相変わらず全身全霊を傾けてリストラを断行し、私生活では相変わらず年上の恋人、陽子にデレデレしている。そして、気づかずにはいられない。行間からにじみ出る、ぶっ壊れかけたやつらに対するやさしい眼差しに。リストラを言い渡されるほうからすれば、真介は死刑執行人にも等しい。なのに、そんな真介の――垣根の――一言一言が彼らにじわっと作用し、人生のつぎの扉の在処をそれとなく指し示す。
 が、扉を開くのは真介じゃない。それはいつだってリストラ対象者自身なのだ。第三話でリストラされるのは、自動車のメカニックだ。この男、とにかく車一筋の仕事一徹なのだが、押し寄せる不況の波に成す術がない。彼が最後の面接で真介に言う。「でもぼくはたぶん、このまま今の会社に勤め続けると、やがてはクルマをなんとも思わない人間になります。また、そうでないと、今の仕事はこれ以上続けられない。家族の愛以外に、何も感じない人間になってしまいます」
 くそ、女子供にこの一言の重みがわかってたまるか。そう思って俺は胸が熱くなったのだが、それは真介もおなじだった。なのに垣根は、真介のアシスタントの川田美代子にこう言わせてメカニック氏を評させる。「オトコっ、って言うより、男の子」
 わかってもらえるだろうか? このぬけ具合。思うに、足を止めていたこの一年半のあいだに、垣根涼介は愛のむこう側までのこのこ出かけていって、ぐるりとひとまわりして帰ってきたのだ。
 この社会で生きているかぎり、俺たちはエゴイスチックにならざるをえない。真介もそうだし、リストラされる登場人物たちもそうだ。作家だって例外じゃない。時代に合った小説、と言えば聞こえはいいが、作家の仕事とはとどのつまりエゴイスチックな魂を楽しませることだ。そして、エゴイスチックな魂を楽しませるためになにかを行う者は、かならずや地獄で燃える。だけど、扉は見つかるのだ。この本を読んでいると、つくづくそんな気にさせられる。それが作家の愛なんじゃないかと思う。
 ところで、愛以外でこの業(カルマ)に効く薬となると、これはもうヨードチンキしかない。なぜならそれは地獄で燃えるがごとくにしみるからだ、とレニー・ブルースは言っている。


(ひがしやま・あきら 作家)

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