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コンゴ・ジャーニー 上
レドモンド・オハンロン、土屋政雄/訳

コンゴ川上流の湖に恐竜が棲息しているというピグミーの言い伝えに誘われて、英国人旅行記作家が全財産をなげうつ旅に出た。アメリカ人動物行動学者とコンゴ人生物学者を道連れに、賄賂を毟られても、下痢や呪術で死ぬ目にあっても、奥地へ、奥地へ――。カズオ・イシグロをして「とんでもない傑作」と言わしめた大旅行記!

ISBN:978-4-10-505851-7 発売日:2008/04/30

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2,415円(定価) 購入

波 2008年5月号より

コンゴ奥地の湖に幻の恐竜を探して
土屋政雄


 一八七七年、アメリカの探検家ヘンリー・モートン・スタンリーがコンゴ川を下った。名高い旅行記『暗黒大陸横断記』で描き出されたアフリカのイメージは、今日にいたるまでこの大陸につきまとっている。八九年、スタンリーは再びコンゴ川を旅し、『暗黒の最奥にて』を発表。二冊の本はたちまちベストセラーとなり、スタンリーは、ベルギーによる殖民プロジェクトに最大級の貢献をすることになった。
 それから一世紀と少し、今度は現代イギリスを代表する旅行記作家レドモンド・オハンロンが、コンゴ北部にある未踏査の熱帯雨林を目指した。赤道直下、ジャングル奥地にあるテレ湖に、「モケレ・ムベンベ」という恐竜が棲んでいるらしい。ピグミーのあいだに言い伝えられているだけでなく、コンゴ人生物学者の目撃情報もある。コンゴ版ネッシーなら誰もが見たいと思う。だが、普通は思うだけで、やらない。スポンサーのついた探検隊ならいざ知らず、計画から実行まで、全財産をはたいて個人でやろうなどと考えるのは、オハンロンくらいのものだ。
『コンゴ・ジャーニー』の面白さのひとつは、白人であるオハンロンの夢想がアフリカの現実に直面してがらがらと崩れてゆく様の滑稽さにある。スタンリーの英雄的語り口の対極に、オハンロンはいる。コンゴの人々は自分の言葉でさまざまにオハンロンを定義するが、賞賛のたぐいはほとんど聞かれない。
 首都ブラザビルの女占い師は、「無学な男だね」という。旅に同行するコンゴ人たちからは、しょっちゅう「無知」「あなたはわかっていない」「君の理解能力を越えている」といわれ、「ミスター無知蒙昧」とまで呼ばれる始末だ。ある村では老人が「ひとかどの人間になるために」しばらくここにとどまれといい、村の女たちからはいつも「臭い」と文句をいわれる。
 旅の道連れは、オックスフォード時代の友人で、アメリカ人の動物行動学者ラリー・シャファー博士。ちょっと口うるさい理想家肌の男だ。そしてモケレ・ムベンベを目撃したというコンゴの指導的生物学者、マルセラン・アニャーニャ博士。動植物保護省の役人でもあるが、女出入りが著しく激しい。さらにアニャーニャの異父弟マヌーと従弟のヌゼ。気弱なマヌーと野放図なヌゼ、対照的なこの二人は頼りになるのか、お荷物になるのか。
 川をさかのぼりはじめた一行は、テレ湖とは見当違いの遠く長い道程をたどる。ようやく湖に向かおうとするころには、シャファーのアメリカへの帰国が迫っている。だが旅の目的は恐竜探しだけなのだろうか? ピグミーにあいたい、フキナガシヨタカをみたい、とオハンロンは打ち明ける。フキナガシヨタカは、少年時代に鳥類図鑑の絵で見てから長年憧れつづけた鳥だ。絵の中で、それは七十センチ以上もある羽根を吹流しのようになびかせ、月の前を横切っていた。「猛烈に見たくなって、その思いはいまでも変わらない」
 さらにシャファーにこうもいう。「……感じるものがあるんだな。いろいろな村を通って、ジャングルでピグミーを見つけて、ゴリラやチンパンジーやオナガザルやゾウを見ていったら、アフリカ人のものの考え方・感じ方に少しは触れられるだろう。そうしたら、テレ湖に何があるのか、現地にたどり着く前にわかるんじゃないかと思う」
 旅がつづくうち、自信に満ち溢れたアニャーニャの素顔も明らかになってくる。キューバとフランスで教育を受け、大きな野心をもちながら、貧しい社会主義国の下っ端官僚に甘んじ、屈託を抱いている。何百人ものアフリカ式「家族」にまとわりつかれる「ビッグマン」でもある。オハンロンとシャファーは旅が終わればそれぞれの安定した暮らしへと帰ってゆく。アニャーニャひとりが貧困のなかにとどまる。旅の終わり、金が尽きかけているオハンロンにアニャーニャはいう。「全財産? じゃ、アフリカにようこそ、わが友よ。これでおまえも一人前のアフリカ人だ。望みがかなったな」
 そのころ、オハンロンの着ている服はいっそう臭うようになっていて、それに包まれた中身もどこか変化している。まわりにもその変化は見てとれる。長旅をともにしたマヌーがいう。「あなたは、見かけは白いけど、アフリカ人ですね。あなたの祖先はほんとにアフリカ人なんだ。古い人々、ピグミーの祖先、森を愛した人々」――旅の最後、オハンロンはこのように定義されなおす。
 本書はカズオ・イシグロをして「とんでもない傑作」と言わしめた大旅行記である。そもそもこの本が日本で刊行されるきっかけとなったのも、初代編集担当者がロンドンでイシグロ氏と同席した際、「ものすごく面白い本がある」と薦められたのがきっかけだった。まさにそのとおり、と翻訳を終えたいま私も思う。ここに、イギリスで出た書評の一部を抜粋しておこう。



 オハンロンの目が捕らえる得体の知れない暗さ、正気の縁のさらに向こうを覗きたいという怖いほどの衝動――それがこの本をとんでもない傑作にしている。
――カズオ・イシグロ『サンデー・タイムズ』紙

 オハンロンはすぐれた文章家であると同時に勇敢な旅人でもある。その体験談は実に内容豊富で、頻繁に起こる原始の力とのニアミスに読者は息を飲む。バルザック的広がりを持ったまさに大作、デラックスな旅行記だ。
――チャールズ・ニコル『インディペンデント』紙

 二千二百万匹のサスライアリが一緒に寝たいとベッドに入り込んできたらどんな気がするか。世襲村長とウイスキーを酌み交わしながら、相手の頭の中でこちらの処刑方法が練られていると知ったらどうするか……品揃え豊富な話のデパート。単なる紀行には括りきれない偉大な作品の雰囲気がある。
――アレグザンダー・フレイター『オブザーバー』紙

 読み終えたとたんにもう一度読み直したくなる、近年まれな本だ。
――ウィル・セルフ『オブザーバー』紙



 欧米の旅行記作家は、自国の読者に向けてアフリカ人を定義し、解釈してみせてきた。だがアフリカ人もまた、外からやってきた白い人間を定義し、解釈してきたことを忘れてはならない。コンゴ川流域にすむ人々のあいだには、一八七七年のスタンリーの川下りにまつわる話がいまでも伝えられているらしい。彼らを大いに驚かせたのは、スタンリーの白い肌でも、奇妙な服装でもない。アフリカ人の舟の概念とはまったく異質な西欧式手漕ぎボートを繰っていたことだった。あいつらはな、後ろ向きに舟を漕ぎながら川を下っていったんだぜ……。

(つちや・まさお 翻訳家)

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