| 波 2005年5月号より |
ジョージ・G・スピーロ『ケプラー予想 青木 薫
「ケプラー予想」というのは、一九九五年に「フェルマーの最終定理」が解決された後、その後継者とも言われた数学の難問である。フェルマーの最終定理の後継者であるためには、単に難問であるだけでは資格が足りない。一見すると簡単そうなのに、軽い気持ちで手を出すと深みにはまって地獄を見る、という性質を備えていなければならない。「ケプラー予想」はまさにそんな問題だった。 どんなものかを説明するのは簡単で、数式すら使わずにすむ。すなわち、「大きさの等しい球をもっとも効率よく三次元空間に詰め込む方法は、果物屋の店先にオレンジが積まれるときの方法と同じである」というのがそれである。誰しも、「きっと正しいに違いない」と思いそうな予想だ。ところが、これを数学的にきちんと証明するために、なんと四百年もの時間がかかってしまったのだ。 有名な天文学者ヨハネス・ケプラーが初めて予想したとすれば十七世紀初頭、ほとんど無名の数学者トマス・ハリオットが定式化したと考えれば十六世紀の末には生まれていたこの予想は、ようやく二十世紀も末の一九九八年になって、ミシガン大学の数学者トマス・ヘールズにより、コンピューターを大々的に利用する方法で解決された。 本書が描き出す、四百年もの時間を費やした解決までの道のりには、ケプラー、ラグランジュ、ガウス、ヒルベルトといった科学界・数学界の大物も登場するし、時間を少しさかのぼれば、画家として高名なアルブレヒト・デューラーまで顔を出す。多彩なエピソードは、学問の進捗についてもいろいろと考えさせてくれる。わけても、ヘールズの証明がコンピューターを駆使したものであったことは、本書の大きなテーマである。『波』の読者の中には、「コンピューターを使った数学の証明なんか、絶対に認めないぞ!」とおっしゃる方もいるかもしれない。しかし、好むと好まざるとにかかわらず、コンピューターと数学的証明との関係は、考えていかなければならない今後の課題なのだ。 ここでは、本書『ケプラー予想』を翻訳しているうちに興味を引かれるようになった数学者、トマス・ハリオットのことを少し詳しく紹介してみたい(スピーロの本には含まれていない話も盛り込むが、そこは時代背景を知るためのおまけと思っていただこう)。 ハリオットが生きたのは、エリザベス一世を戴く大航海時代のイギリスである。それは「数学」という言葉が特別の意味をもち、数学者たちが社会の最前線で活躍した時代だった。一面では、「数学者」は魔術師であった。なんといっても、当時は数式を書いたりするだけでも、「悪魔と交信している」と言われたほどなのだ。ハリオット自身、のちにジェイムズ一世の時代になって、「占星術を使って王の運命に影響を及ぼそうとした」廉で異端審問を受けている(さいわい無罪になったが)。 その一方で、数学者は最先端をいく技術者でもあった。ハリオットは大英帝国発展の基礎となる航海術を開発し、船長たちを教育する立場にあった人物である(とはいえ、航海術は彼の研究テーマのほんの一部にすぎないのだが)。海岸沿いに船を進めれば事足りた地中海から、大洋に乗り出していくためには、数学に裏打ちされた新しい航海術が不可欠だった。数学者は、社会の発展を支えるテクノクラートだったのだ。ハリオットの親しい友人であり、エリザベス一世の占星術師でもあったかの有名な「魔術師」ジョン・ディーが、ユークリッドの『原論』に付けた序文の中で、「数学こそは神の栄光、国益増進、そして個人の栄達の鍵である」と説いたのはまさにこの時代だった。「ケプラー予想」は、そんな時代精神のなかで生まれたのである。 このように考えてみれば、「ケプラー予想」に取り組んだトマス・ヘールズが、コンピューターという最新のテクノロジーを駆使して、「コンピューターと数学的証明」という荒海に乗り出すことになったのも、何か因縁のように思えてくる。「ケプラー予想」の四百年をたどりながら、数学と数学者の現在過去未来に思いを馳せた一冊である。 (あおき・かおる 翻訳家)
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