| 波 2007年3月号より |
デイヴィッド・ミッチェル『ナンバー9ドリーム』 高橋源一郎
「俺」(「三宅詠爾」という名前のひとりの青年)が、屋久島から東京(「トキオ」と呼ぶべきなのかもしれない)に出てきたのは、遥か昔に別れた父親を探すためだ。溺死した双子の姉の「安寿」も、「俺」のこの気持ちがわかってくれるだろう。 「俺」と「安寿」には、父親も母親もいない。母親は愛人だった。愛人だった母親は、「俺」と「安寿」を産むと、やがて父親に棄てられ、故郷の屋久島に、「俺」と「安寿」を連れて戻った。いや、母親には、もともと子どもを育てる能力がなく、「俺」を殺しそうになり、慌てて、故郷へ放り棄てるように置いて出ていったのだ。そう、「俺」と「安寿」は父親にも母親にも棄てられた。ただ自然ばかりがある屋久島で「俺」と「安寿」は育った。そして、「安寿」が溺れ死んだ後、「俺」にはこの島でやることはなにもないように思えたのだ。 「俺」はただ、父親に会いたいだけだった。しかし、父親に会おうとする「俺」の前に、おそろしくヘンテコで謎めいたものが次々姿を現すのだ。巨大な会社、イカレた映画、わけのわからない小説、社会の裏側を支配する巨大な暴力組織とその周辺に出没する奇怪な人間たち、宇宙空間の広大な電脳社会をさまよう男、そいつらは、「俺」を絶体絶命のピンチに陥らせる。 ボーリングのピンの代わりに頭を吹っ飛ばされる男たちが絶叫し、精神病患者に化けた神は世界地図からあっさり一つの国を消し、マシンガンに仕掛けられた特殊爆弾が爆発してギャングの躯が木っ端みじんになり、臓器の不法密売組織に子どもを殺された母親が自らの死と引き替えに組織の秘密を暴露する。なんて恐怖と暴力に満ちた世界なんだ。 「俺」が悲鳴をあげて逃げ帰ると、今度は、友だちが、いきなり包丁で指を切り落とし、その指を口に放り込んで、ペッと骨を吐き出すのだ。「俺」は恐怖のあまりぶっ倒れる。すると、友だちは「手品だよ」と言うのである。なにが現実でなにが嘘なのか、「俺」にはさっぱりわからない。 「安寿」、「俺」がなにを言ってるのか、意味不明だろ。おかしな夢を見たと思うかもしれないな。でも、「俺」は、ただ、目の前で起こった出来事を、そのまま書いているだけなんだ。この東京という街は絶対狂ってるぜ。東京という街が代表している、この国は絶対、狂ってるぜ。「俺」、父親を発見する前に、頭がオカシくなっちまうかもな。 「安寿」、ジョン・レノンは「俺」にこう言ったんだ(「俺」の夢の中でね)。「『ナンバー9ドリーム』に出てくる『あんなにへんてこな踊りをしている二頭の妖精』っていうのは聴く者に調和の祝福を授けるんだ。けど、みんな、調和ではなくて孤独を選ぶんだ」って。だから「俺」は、ジョンにこう訊ねた。「『ナンバー9ドリーム』っていう題名はどういう意味なんですか?」って。すると、ジョンは答えた(くどいけど、「俺」の夢の中で)。「九番目の夢の意味はあらゆる意味が死に絶え消滅した後に始まる」って。 「安寿」、この国は、いま、ものすごく大きな、苦しい夢の中にあるのかもしれない。「俺」は、そう思う。複雑な意味に満ちた夢の世界を生きているこの国が、これから向かう九番目の夢、「俺」はそれがなにかを知りたい。「俺」は、父親を探しながら、そのことに気づいた。重要なのは、そのことなんだ。「俺」たちを包んでいる夢の正体を知ることなんだ。だから、「俺」は、「俺」たちを棄てた母親も許せたんだ。 *
日本(「ニッポン」かも)は、世界でいちばん深い夢の病に囚われている。作者(「俺」かも)はそう言う。でも、このことは、この国の作家が、もっと早く、書くべきだったのだ。やられた……。 (たかはし・げんいちろう 作家)
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