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最終目的地
ピーター・キャメロン、岩本正恵/訳

南米ウルグアイの人里離れた邸宅を舞台に、自殺した作家の妻、その愛人と小さな娘、兄とその恋人である青年、さらに作家の伝記を書こうとアメリカからやってきた大学院生が繰り広げる、ユーモラスでエレガントな物語。イギリス古典小説の味わいをもつ、キャメロンの最高傑作。ジェイムズ・アイヴォリー監督による映画完成!

ISBN:978-4-10-590075-5 発売日:2009/04/30

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2,520円(定価) 購入

波 2009年5月号より

優雅でポリフォニックな長篇小説
鈴木淳史


 簡単に説明できるような理由もなく、男女が別れるときがある。同じような状況で、家族が崩壊してしまうことだってあるかもしれない。その直前、とくにギスギスしているわけでも、お互いに感情を激しくぶつけ合っているわけでもなく、二人、あるいは家族のあいだに、ただ何となく気まずい空気が漂っている、という瞬間がある。
 ピーター・キャメロンは、そうしたヒリヒリとした人間関係を描くのが実にうまい。彼の小説を読むことで、そうした空気が現実に存在していたっけ、と改めて気づかされるくらいに、それはささいな瞬間だ。
 彼の処女作である短編集『ママがプールを洗う日』には、そんな気まずさが随所に出現する。そこでは、それぞれの関係が破綻するにしろ、一転して改善に向かうにしろ、その直前に訪れる空白地帯というべき静かな時間が、繊細に、ユーモアさえ感じられる冷静な視点で描かれていたものだ。
 キャメロンの長編第三作にあたる『最終目的地』は、まさにそんな静かな時間が全体を覆っている。舞台はウルグアイの小さな村オチョス・リオス。ここには、物故した作家ユルス・グントの遺族が住んでいる。作家の妻キャロラインと愛人アーデンが同じ邸宅で生活しており、少し離れたところに、作家の兄アダムが恋人の青年ピートとともに住んでいる。それぞれの関係は、まさに壊れやすく、架空といっていい物語を信じることで、ようやくそれを保っている。
 そこに、アメリカの大学の博士課程で学ぶ青年オマーが現れる。彼は作家グントの伝記を書こうとしており、そのための奨励金を得るには、作家の遺言執行者であるキャロライン、アーデン、アダムの三人から伝記執筆者としての「公認」が必要なのだ。
 アメリカから来た青年に「公認」を与えるかどうかの、三人の深い葛藤。彼らを結びつけている空白(すでに亡くなった作家)に、青年オマーが介入してくるとき、そのいびつな関係が明確に浮かび上がってくる。そして、そこにオマーの恋人であるディアドラも絡み……変化を余儀なくされた彼らは、最終的にどういった目的地に到達するのだろう?
 優雅なまでに緻密な描写によって、それぞれの微妙な関係性を映し出すキャメロンの手法は、とにかく見事としかいいようがない。そして、それらの関係は、いつか壊れるものとして運命づけられる。しかし、キャメロンがこの小説で強調したいことは、そんな無常観にあるのではない。そのヒリヒリした関係のなかにこそ、新しい結びつきがすでに胚胎していること。それがポリフォニックに、風通しのいい筆致でユーモラスに描かれるのだ。
 そういった微妙なものだけではなく、風刺といえるような関係性もキャメロンは巧みに作中に忍ばせる。一例を挙げれば、オマーとディアドラの間柄。気弱で受け身なオマーはイラン生まれという設定だ。彼と強気で積極的なディアドラという奇妙な(そして、ありがちな)カップルは、見事なまでにアジアとアメリカとの関係を示唆してもいよう。
 思わず微笑さえ漏れてしまう鮮やかすぎる幕切れのあと、読み手は、それぞれの登場人物が選んだ「目的地」に思いを馳せることになるだろう。それが「最終」であるかどうかはともかく。
 この小説は、すでに各国語に翻訳され、ジェイムズ・アイヴォリー監督による映画も完成しているという。シャルロット・ゲンズブールが作家の愛人を演じるという配役は、このアーデンという女性をイメージするのにまったくふさわしい。作家の兄アダムを演じるアンソニー・ホプキンス、彼のタイ人の恋人ピート役が真田広之というのも話題を集めそうだ。

(すずき・あつふみ 文芸評論家、音楽評論家)

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