| 波 2002年9月号より |
伊坂幸太郎『ラッシュライフ』 吉野 仁
なんとまぁ、人を喰ったミステリーだろうか。伊坂幸太郎の新作『ラッシュライフ』は、騙される愉しさに満ちた小説だ。 ミステリーといっても、いわゆる探偵小説ではない。事件が起きて、天才的な頭脳をもった名探偵や超人的なヒーロー刑事が登場し、不可解な謎の正体や凶悪な犯人をつきとめる。そんな型どおりの物語ではないのである。パターン化した探偵小説に飽き飽きしてしまった読者は、ぜひとも期待して読んでいただきたい。表紙カバーになっているエッシャーの「騙し絵」のごとき仕掛けがしてあるのだ。 では、いったいどこが人を喰っているのか。 たとえば、死体の扱いである。探偵小説ではないとはいえ、殺人が起こり死体が登場する。ところがその死体、いつのまにかバラバラになったかと思えば、またくっついて動きだす。そんなバカなと思うような展開が本作では次々に現われるのだ。 こうした内容だけに、ストーリー紹介は難しい。五つの場面に分れており、それぞれの物語が進行していく。 冒頭、やり手の画商と若い女流画家が客の待つ仙台へ新幹線で向かおうとしている場面から始まる。画商は笑いながら「とにかく、今、この瞬間に生きている誰よりも私は豊かに生きているのだ」と語る。 そののちに出てくるのは、画商のいう「豊かな人生」とはほど遠い生活をしている人たちだ。まず登場するのは、窃盗犯。中国の窃盗団が日本で荒稼ぎするのを苦々しく思っている。 さらに、カルト教団の信者たち。彼らは「名探偵」教祖である神を解体しようとしている。 そして、不倫カップル。それぞれお互いの配偶者を殺そうと目論んでいた。 最後に、再就職の面接に四○連敗中という中年の失業者。駅前にいた汚い老犬を連れ、歩きまわっていた。 こうして十余人、五つの物語が少しずつ絡みあって展開していく。コーヒーの割引券、「エッシャー展」のポスター、好きな言葉、宝くじ、拳銃、展望台など、重要な小道具やキイワードが連鎖する。それぞれ個性的な人物と印象に残るエピソードばかりなので、話が混乱することはない。なにより、よくできた探偵小説のように、すべての謎がしっかりとラストで合理的に解決される。おさまる場所におさまっていくのだ。 しかも、いったん読み終えたあと、あらためてもう一度パラパラと冒頭からめくっていくと、ちゃんと手がかりは提示されているではないか。その意味で、お定まりの探偵小説よりもはるかにミステリーの快感が味わえる作品なのである。 それぞれの場面も、ピッキング窃盗、宗教や不倫が絡む事件、若者たちの暴力など、なかなかに現代的で、近年多発している犯罪を見事に戯画化している。 作者は、第五回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞した気鋭の新人作家。受賞作『オーデュボンの祈り』は、とある島に迷いこんだ主人公が、未来を預言するカカシにまつわる事件を調べていくファンタジー風な物語。この作品でも、「未来を予知できるはずのカカシは、なぜ自分の死を知ることができなかったのか」という問いかけがあった。本作は、魅力的な謎と意外な真相というミステリーの骨格をしっかりと持った異色作だったのである。受賞第一作にあたる『ラッシュライフ』では、その人を喰った部分が、さらに大がかりに、そして巧妙に描かれているのだ。 ちなみに、タイトルの「ラッシュライフ」(豊潤な人生)は、コルトレーンの名演で知られる、ジャズのスタンダード・ナンバーから採ったもの。しかし、ときに「ラッシュアワー」のラッシュでもある。 また、複数の人生が微妙に交錯し、波瀾を生んでいく物語ということでは、恩田陸『ドミノ』や映画「マグノリア」を思いだした。ひとりひとりが持つ複雑で数奇な運命は、ときに他人のささいな干渉によって思わぬ方向へ転がっていく。 すなわち、本作は、奇妙なミステリーであるとともに、偶然がもたらす、予測不能な運命の行方を描いているのだ。死体がバラバラになったり、またくっついたりすることは現実には起こらないかもしれない。しかし、絶対にありえないことなのだろうか。 はたして騙し絵の最後のピースがどこにおさまるのか。そして、本当の「豊かな人生」とは何か。驚きとともに楽しんでいただきたい。 (よしの・じん 評論家) ▼伊坂幸太郎『ラッシュライフ』(新潮ミステリー倶楽部)は、発売中 |