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マキノ雅弘―映画という祭り―
山根貞男

映画がまだ「昭和」だった頃、生涯260本あまりの作品を撮った男がいた。時代劇や任侠映画はもちろん、喜劇にメロドラマにミュージカルにと奔放自在に撮りまくった。画面を見ていると、まるで祭りのようにわくわくしてしまうのは何故だろう。邦画にかけては随一の見巧者が、マキノ生誕100年を機に、その全魅惑を解き明かす。

ISBN:978-4-10-603621-7 発売日:2008/10/24

編集者のことば 立ち読み 書評 雑誌から生まれた本

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波 2008年11月号より

次郎長三国志の思い出
平岡正明



 天昏く、嵐はすさぶ上州路、田畑は流れ荒れ果てて、ただ一粒の麦もなく……「国定忠治 名月赤城山」の外題付けだ。
 春うらら、駿河よいとこ久能の桜。風にちらちら花が散る……「清水次郎長伝 秋葉の火祭」の外題付けだ。
 どちらも虎造節だ。戦前はまるでブリューゲルの「暗い絵」のように始まる忠治が流行し、戦後は陽性の次郎長が流行した。それは戦後の解放感だった。
 山根貞男は、生涯二六〇本余の映画を作ったマキノ雅弘の白眉を『次郎長三国志』全九本に置いているようで、本書終章をこの九本の分析に捧げている。たまたま一九五二年暮の第一作『次郎長賣出す』の宣伝風景をおぼえているので、山根貞男の本に屋下屋を架そう。俺は小学校五年、上野の西郷さんの銅像下の建物で、回廊全面を使って『次郎長賣出す』のスチール展をやっていた。「聚楽」食堂はあったかどうか。東北線でやってきた青少年が東京第一食目はここと憧れた大食堂も今年閉店になったが、その歳末景気と次郎長三国志の封切はシンクロしていたように思う。
 上野はごったがえしていた。アメ横で正月支度の買い物をする客だ。高級品の新巻き鮭が山積みにされ、庶民の食い物だったカズノコはカマスからあふれて土間にこぼれていた。解放感とは、ようやく戦後飢饉から解放されたということだった。
 その歳末大売出し渦中でのマキノ次郎長映画の売出しであり、映画デビューする狐顔の美男俳優小泉博の売出しであり、田崎潤の鬼吉、田中春男の法印大五郎、河津清三郎の大政、久慈あさみの投げ節お仲、小堀明男の次郎長による清水一家大売出しだった。
 拡大されたスチール写真の下には、映画の粗筋とそれぞれの場面の説明が書かれていた。小腰をかがめて読む買物客の膝下にしゃがんで、順番に全部読んだ。どうしてマキノ次郎長ものはシリーズ一作目からそんなに人気があったのか。マキノ雅弘という監督名を見ただけで入れ喰いになるほど人気があったのか。
 虎造なのだ。一九五一年に民放ラジオ東京が開局され、虎造節浪曲次郎長伝全三十三段は国民文学になっていた。映画ではその広沢虎造が清水一家の三ン下、虎三役で出演して、狂言まわしとして一節唸るのだからこたえられない。
 観たくてたまらなかったが、親がゆるしてくれず、根津東宝という不忍通りにあった二番館で観て、いちばん好きだったのは、早桶かついで喧嘩状を届けに行く田崎潤の鬼吉だった。バカは死ななきゃなおらない、という天下無双の当て節は、俺にはまず鬼吉だった。マキノ雅弘の主要作品をなめるように書きあげた山根貞男がうらやましい。

(ひらおか・まさあき 評論家)

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