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モサド―暗躍と抗争の六十年史―
小谷賢

「導かなければ民は滅びる」――聖書の一句をモットーとし、敵に囲まれたユダヤ国家の安全保障に貢献してきた工作機関モサド。アイヒマン捕獲、対アラブ諜報戦、エンテベ空港強襲、イラク原子炉爆撃、海外ユダヤ人召還など様々な作戦を通して、謎に包まれたスパイ組織の全貌を他情報機関との関係にも着目しながら明らかにする。

ISBN:978-4-10-603641-5 発売日:2009/06/25

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波 2009年7月号より

インテリジェンスの生きた教科書
北岡 元


 イスラエルの対外情報機関、モサドの名前は、そのコワモテなイメージとともにご存知の方も多いのではないか。イギリスのある情報部員に「イスラエルには色々と教えてやったが、今は連中(イスラエル)の方がすごい」と言われたことがあるくらいだが、本書により、それが決して誇張でないことが分かる。映画化もされた「エンテベの奇跡」(ハイジャックされた航空機の人質を、ウガンダの空港を制圧して奪還)や「オペラ作戦」(原子力開発を阻止すべくイラク領内に戦闘機を侵入させて原子炉爆破に成功)における情報面での貢献など、枚挙にいとまがない。
 しかし著者は「華麗なミッションのみを見ていてはその本質は見えてこないのではないだろうか」と問いかける。著者の関心は「なぜ法律にも規定されていないモサドのような組織が、暴走もせずにこれまでそれなりに機能してこられたのか」にあるのだ。そこでアラブという敵に囲まれた緊張状態に加えて、バランス・オブ・パワーの観点からの考察がなされていく。それは首相、国内の他の情報機関、諸外国情報機関、マスコミなどと、モサドとの関係なのだ。首相との関係とは、「インテリジェンス・サイクル」と呼ばれる研究分野だが、首相から情報要求を受け、それを満たし、首相の適切な判断・行動を可能にすること。本書では首相との関係が緊密なときに評価され、希薄なときにスキャンダルにまみれるモサドの姿が活写されていく。国内の他の情報機関との関係とは、「インテリジェンス・コミュニティー」と呼ばれる研究分野だが、第四次中東戦争では、軍の情報機関アマンの独占的分析の結果、イスラエルはアラブの出方を読み違い、甚大な被害を受ける。情報機関のコミュニティーが上手く機能していなかったのだ。モサドはその中に今後自らをどのように位置付けていったら良いのか、という問題が考察される。そして諸外国情報機関やマスコミとの関係で、著者が注目するのは信頼関係だ。イスラエルが積極的に対外攻勢に出る場合、背後ではモサド・CIA間に暗黙の了解が成立している、と言い切れるほどの信頼関係があるのだ。その一方でマスコミや国民の理解なしに活動できない点は、いくらモサドでも同じことである。
 本書では最後に、冷戦後に明確な戦略を見出し切れていないイスラエルの姿が紹介される。それに続く著者の指摘「中長期的戦略のない所でインテリジェンスは有効に機能しない」こそは、情報機能強化のみ注目されて、戦略不在の状況を放置しがちな我が国にとって大変貴重である。
 本書を敢えて批判するなら「教科書でもある」と言うには面白過ぎること。しかし安全保障面でイスラエルの対極にある我が国ですら、既述の戦略の問題を含め学べる部分は数多い。本書はモサドのエキサイティングな歴史を綴りつつ、何よりもまずインテリジェンスの生きた教科書なのだ。

(きたおか・はじめ 政策研究大学院大学教授)

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