| 波 2006年3月号より |
週刊新潮 編『昭和の墓碑銘』(新潮新書) 尾嶋義之 往年の名アナウンサー志村正順氏は、結婚式は好きだが葬式は大嫌いだと、かつて私に語ったことがある。親類や先輩の葬式に招かれてもサボったことが幾度もあり、そのたびに関係者に恨まれたという。私も葬式は嫌いだ。どうしても故人への惜別の念を禁じ得ずに駆けつけたことは数回あるが、もっぱら義理や付き合いで大勢集まるような葬儀にはできるだけ出ないようにしている。 その私が、週刊新潮編集部で働いていたころ、『墓碑銘』欄の担当を仰せつかり、喪服(実は喪服とは似て非なるミッドナイト・ブルーのスーツ)と黒タイを常に用意して葬式取材に走り回ったのだから妙な巡り合わせである。だが、記者としての取材であるから、葬儀に参加しても故人とは距離があるので気が楽であることはたしかだ。一般参加者から見ればとんだ闖入者であろう。目的は葬儀場で関係者に話を聴く、あるいは取材のヒントを得ることにある。また告別式の雰囲気から故人について理解が深まる場合も多々ある。ある著名な美術評論家が死去した。教会で行われた葬儀で、一様に涙を流しながら続々と献花する中年の美女が十人を下らないのを見て驚いたことがある。故人の生活についてある程度の予備知識はあったものの、こんなに女性にもてる男だとは知らなかったのだ。 しかし、記事の締切日の関係で、取材が葬式や通夜当日とぶつかるとは限らない。その前後のケースが多い。葬式前の時には準備などのため遺族が慌ただしく、短時間の取材にも協力を得られないことがある。焼香だけして、別の取材先を教わって退去することもしばしばある。一ページの『墓碑銘』が読者の目に触れるまでには様々な難関があるのだ。昭和のころはインターネットがまだなく、経歴などの基本的なデータを得ることさえ困難なことがあった。 そんな時代に刻まれた『墓碑銘』の数々が一冊の本にまとまった。私も微力ながら編集作業のお手伝いをしたが、ここで取り上げられた昭和の列伝は、恐らく読者にとって初めて聞く名前の方が多いと思われる。何しろ、日本がアメリカと戦争をしたことさえ知らない若者もいる昨今である。日本人はあきらめがよく、過去を早々と忘れる淡泊さが民族性の一つで、これを一種の美徳と見る人もいる。しかし平和で未来が洋々と開けている時にのみ、この美徳は美徳たりうるのではないか。『昭和の墓碑銘』を機に、現代人からすれば二世代前の、現代に似て道標なき時代を歩んだ人たちの足跡に改めて思いを巡らせたいと思う。 最後にまた葬式の話になるが、葬式とは、故人にそこらへんをウロウロされたくないから早く成仏させ、みなが忘れて未来へ向かうためのけじめの儀式だそうだが、だとすれば、葬式が嫌いな私のような人間は、どちらかと言えば過去にこだわるタイプなのかもしれない。 (おじま・よしゆき ジャーナリスト、元「週刊新潮」編集部)
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