新潮新書


すべらない敬語
梶原しげる

敬語を正しく使って嫌われた首相もいれば、「タメ語」連発で愛される人もいる。使えないのは論外だが、やたらと使うのも考えもの。敬語は必要に応じて使うべき「武器」なのである。「すべらない」敬語はどう身に付けるのか? 失敬と丁寧の境界線はどこにあるのか? 国の「敬語革命」、名司会者のテクニック、暴力団への口のきき方等々、敬語という巨大な森の中を探検するうちに、喋りの力がアップする一冊。

ISBN:978-4-10-610245-5 発売日:2008/01/17

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714円(定価) 購入

波 2008年2月号より

すべり続けた総理

梶原しげる


「すべらない敬語」。そのことを考えるきっかけの一つが、安倍前総理でした。本書を執筆するにあたって、敬語という巨大な森を探検していくうちに見えてきたことがあります。
 戦後最年少総理は「美しい国」を謳いあげ、真正面から「正論」を「正しい敬語」満載で国民に訴えかけました。たとえば、こんな調子。
「皆様方の声に耳を傾けさせていただき、お子様からお年よりに至るまで、全ての日本国民が、安心、安全にお暮らしになれるよう、美しい国作りのため邁進してまいる覚悟でございます」
 一方、前任者の小泉元総理はこんな調子でした。代表例は自身の年金未納騒動当時の答弁。
「人生いろいろ。会社もいろいろ。社員もいろいろです。あの社長、君は、仕事なんてしなくって良いって言った。太っ腹な人だったなあ」
 まるで他人事のように、しかもほとんど敬語なしで答弁していました。右の発言は二人の総理の「敬語」に対するスタンスを分かりやすくお伝えするため、多少筆者の脚色を交えていますが、大体、お二人の「芸風」はいつもこんな調子でした。
 安倍さんが「正しい敬語」一本やりなのに対して小泉さんは「タメ語」も厭わない。それなのに両者の人気の差はご存知の通りです。
 もちろん時代背景、政治家としての力量など様々な要素も関係していたことでしょう。しかし両者の命運を分けた重要なポイントの一つが「敬語とタメ語の使い分け」ではないかと私は感じたのです。すなわち安倍さんは「正しい敬語」に囚われて「すべった」のではないか。
 言うまでもありませんが「すべる」とは「場の空気を読み違い、しらけさせる」ことを表します。昨年の流行語KY(空気が読めない)は安倍さんとセットで語られましたが、「すべる」は、KYの結果生まれる状況を表現しているといえます。
 ダウンタウンの松本人志さんが司会をつとめる人気番組「人志松本のすべらない話」では、突然指名された芸人が即座にすべらない、つまり「必ずウケる実話」を披露しなければなりません。常に変化する場の空気を読み続け対応しようと必死の芸人達の緊張感が肝です。お察しの通り、拙著のタイトルはここからヒントをいただきました。というのも、敬語で大切なのは「正しい」ことより「すべらない」ことであると考えるからです。
 ところが世間にゴマンとある「敬語本」の多くは「正しい」敬語を叩き込むこと自体を目的にしています。そしてそれこそが「賢い」「好かれる」「できる」人への近道であると説いています。
 でも実際には「正しい敬語」を使い続けたがゆえに、安倍さんはすべり続けてしまいました。
 世間は「正しさ」だけでは通用しません。正しい敬語をバカ正直に使うのではなく、場に応じて言葉を使い分けることが「すべらない」秘訣なのです。小泉さんも最低限の敬語は使っていました。
 適切な使い分けが出来たときに初めて敬語は日常を生き抜く「武器」になるのです。

(かじわら・しげる フリーアナウンサー、東京成徳大学客員教授)


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