| 波 2006年5月号より |
新潮新書創刊三周年によせて 松田哲夫
先日、NHKの「クローズアップ現代」に出演した。その日のテーマは「新書ブームの舞台裏」。この番組に向けて、教養系新書のことを調べてみたら、面白い発見がいくつもあった。 (1)新書は基本的にオヤジ・メディア。 書店の教養系新書の棚で恒常的に買っているのは中高年男性、いわばオヤジ読者だ。でも、いま超ベストセラーになっている本を調べてみると、別の読者層が垣間見えてくる。どの本も、最初は七対三または六対四で男性読者が多いが、売れ出すと女性の比率があがり、半々に近づいていく。女性の方が多くなるものもある。年齢構成を見ると、最初は三十代、四十代、五十代が大きな部分を占めているが、売れ出すと十代、二十代の比率が上がる。これは、新書棚という予選を勝ち抜いた商品が新刊平台やレジ横で若者読者、女性読者の目に触れる機会を与えられるからだろう。 (2)雑誌は正規軍、新書はゲリラ。 近年、男性誌・総合誌の不振が目立つ。長引く不況下で、広告収入が減少したことに加えて、オピニオン・リーダー的な役割を担っていた総合誌の有り様が変化したことも大きい。一方、インターネットのおかげで、情報がより早く、たくさん届くようになった。そこで、人々は雑誌よりも深い内容のものをコンパクトなかたちで入手したいと思う。新書が浮上した一因はそこにある。 雑誌は安定的な広告収入が大前提だし、特集、連載、コラム、グラビアなどの要素を取り揃える必要がある。だから、チームプレー(正規軍)で事に臨まなければならない。新書の場合は、いまどういうテーマに注目すべきかを考え、狙いを定めた著者に短期集中連載のノリで原稿を書いてもらう。まさに、雑誌的な編集技術が生きるメディアだ。だが、基本的には個人プレー(ゲリラ戦)で構わないし、雑誌や単行本に比べても、低コストで手間がかからないので、身軽に作れる。それでいて、できた本は廉価でハンディだから、ひとたび話題になれば大ヒットも夢ではない。 (3)「旧御三家」と「新御三家」。 教養系新書の一番の老舗は岩波新書。これに中公新書、講談社現代新書を加えて「新書の御三家」と呼ぶそうだ。岩波新書がここ三年間、年間ベストテンに一冊も入っていないことに象徴されるように、いま御三家は、かつてほどの勢いがない。 これに対して、元気のいい新興勢力がある。『バカの壁』の超大ヒットで世間をアッと言わせ、最近は『国家の品格』『人は見た目が9割』『超バカの壁』でトップ3を独占した新潮新書。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』『下流社会』など大ヒットを連発してきた光文社新書。そして、『禅的生活』『靖国問題』『ウェブ進化論』と、毎年スマッシュヒットが続くちくま新書。この三社に共通しているのは、他社よりも若者や女性に浸透していることだろう。「新御三家」と呼ぶ書店さんもあるという。 新書ブームの牽引者である新潮新書。この社の雑誌は、雑誌としての魅力を追究しながら、単行本の供給源としても十二分に活躍している。新書でも雑誌と本の長所を見事にブレンドさせている。そして、これぞという著者の一番売れるコンテンツを押さえ、ネーミングを練り上げて、絶妙のタイミングで刊行する。これこそ、新潮社が伝統的に得意技としてきたものだ。創刊三周年にあたる、この四月の強力ラインアップを見れば一目瞭然である。 若々しい企画と魅力的なタイトルの光文社新書。この社は言うまでもなく実用系新書カッパ・ブックスで一世を風靡した。その黄金時代に、3T(テーマ、タイトル、タイミング)の大事さをしっかり叩き込まれ、そのセンスが教養系でも生かされている。 (4)突然変異的に躍り出た筑摩書房の謎。 かつての筑摩書房はベストセラーと無縁だったし、雑誌経験も乏しい。したがって、成功するための条件など皆無である。そもそも中規模出版社なのに、なまじの大手出版社よりも出版ジャンルが広い。端的に言えば、「貧乏暇なし」の会社なので、常に知恵を絞り、可能性のありそうなジャンルを探しては、小ロット多品目の商品で勝負し続けてきた。だから、小回りが利くゲリラ戦は得意中の得意なのだ。こうした稔りの少ない営みの中から、思いがけない花が咲き始めたということなのかもしれない。 わが筑摩書房では、さらにゲリラ的に新書戦略を展開している。すなわち、私が編集長のちくまプリマー新書だ。教養系新書の制服的装幀を排し、お洒落な装幀にして若者、女性へのアッピールを狙った。その上、橋本治さん、天童荒太さんなど、ノンフィクション新書に小説を入れるという掟破りまで敢行している。 脆弱な基盤をもとに闘っている我々からすると、新潮社などが、豊富な装備で本格的なゲリラ戦に突入し始めているのは脅威だ。でも、知恵比べでは負けるつもりはない。これから勢力図がどう書き換えられるのか、不安でもあり、楽しみでもある。 (まつだ・てつお 筑摩書房専務取締役)
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