新潮新書

医療は誰のものか
医療の限界
本書が指摘しているように、人間がすることである以上、常に無謬(けして誤りがないこと)を前提とするのは無理があります。前半、医療を崩壊に追いやっている様々な要因を的確に分析にしていますが、そのひとつが「過失」をめぐる医科学と司法制度の根本的な齟齬です。民事訴訟での損害賠償請求もさることながら、刑事事件として「犯罪者」扱いされ、マスコミで報じられることの重圧は、大半は善意の職業人である医療関係者にとって、相当なものであるのは想像にかたくありません。
少し前まで日本の警察・検察は、検挙率と起訴後の有罪確定率の高さから、世界的に優秀であるとされていました。しかし一面では是が非でも「自白」をさせ、灰色も、ときには白も黒にぬり替えてきたことは多くの例が証明しています。私自身、かつて担当した取材に関して民事裁判だけでなく、刑事訴追の対象にされた経験がありますが、狭い部屋で朝から晩までくりかえし続く事情聴取というのは、理屈抜きでシンドイものです。何より、「無謬」である捜査当局がいったん方針を決めてしまうと、太刀打ちするのはなかなか困難です。
後半、瀬戸際にある医療現場からの重い問いかけは、患者は「消費者」なのか――医療は対価を支払って購入する「通常財」か、それとも病者のために社会が維持すべき「公共財」か――というものです。構造改革の“成果”なのでしょう、メディアでも前者、つまりアメリカ型の市場原理をふまえた論調が目立ちます。
出版業は英語でpublisherですが、これは物事を公にするというだけでなく、public=公共のものであるという考えがもとになっているそうです。本書は、多忙な第一線の臨床医が、限界に来た医療の現状を明らかにしたうえで、すべての日本人に「緊急に国民的議論を」と呼びかけています。いささか大げさに聞こえるかもしれませんが、読めば納得いただけるものと思います。



