新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

「バカ」の話

 2003年に『バカの壁』(養老孟司・著)を刊行した際、「結構思い切ったタイトルですね」というようなことを何度か言われました。どうやら「バカ」という言葉をタイトルに使うことを「思い切っている」と感じられたようです。
 しかし、実際には「バカ」という言葉で売れた新書はその時点ですでにありました。『まれに見るバカ』(勢古浩爾・著)が前年に刊行され、ヒットしていたのです。他にも新書ではありませんが、『バカにつける薬』(呉智英・著)というとても面白い本もありました。
 当時、私も編集部も「バカ」という言葉にさほどの抵抗がありませんでした。どこかで「あいつもバカなら俺たちもバカ。みんなバカ」といった感じの気持ちがあったのではないでしょうか。他人を強く貶める言葉でもないと考えていたのです。
 そもそも『バカの壁』の本文には、実はそんなに「バカ」という単語は出てきません。あくまでも主眼は、理解やコミュニケーションを妨げる「壁」のほうにあったからです。だから、「あれもバカ、これもバカ」といった内容を期待した方は裏切られた気持ちになったかもしれません。

 その点、9月新刊の『バカざんまい』(中川淳一郎・著)は、タイトルも中味も「バカ本」の決定版と言えるかもしれません。なにせ目次からして「バカ」連発。「無難なコメント」しか言えないバカ、都知事選候補者というバカ、サッカー中継に芸能人を使うバカ等々、ありとあらゆるバカを斬りまくります。
 中川さんの凄いのは、これらが単なる悪口ではなくて、鋭い社会批評になっている点でしょう。とにかく全項目に「バカ」が入っている目次だけでも一見の価値があると思います。

 他の新刊3点をご紹介します。
日本人の甘え』(曽野綾子・著)は、いつもながら読むと背筋が伸びる気持ちになる一冊。世界中で貧しい人たち、過酷な生活を強いられている人たちと接してきた曽野さんならではの視点に、自身の甘えを気づかされます。「完全な国など、どこにもない」という言葉を肝に銘じようと思いました。
ブッダと法然』(平岡聡・著)は、構えの大きな入門書。何せ、ブッダと法然という仏教界の大スター2人を比較しながら同時に論じていくのです。かなり大胆な試みですが、初心者にもとてもわかりやすい仏教入門となっています。
爆発的進化論―1%の奇跡がヒトを作った―』(更科功・著)も、大きなスケール感の科学読み物。細菌から進化してヒトが誕生するまでに、何度も発生した「奇跡」である「爆発的進化」をドラマチックに描いています。

『バカの壁』では「自分は何でもわかっている」と思って思考停止になっている人の脳内には「壁」が出来上がっている、ということが指摘されていました。
 そんな「壁」を崩すのに最適の4冊です。

 今月も新潮新書をよろしくお願いいたします。
2016/09