新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

フェイクの話

 先月、「週刊新潮」の中吊りを「週刊文春」が盗み見して活用していた、という件がテレビや新聞で大きく報じられました。その件自体は、「酷いなあ」と心から思いましたが、ここでどうこうは言いません。
 気になったのは、週刊誌業界の大先輩にあたるような「元編集長」「ジャーナリスト」と名乗る方々のコメントでした。「許されない」と言う方もいたのですが、なかには「この業界、そういうことはあたりまえ」「私だって似たようなことをやっていた。週刊誌とはそういうものだ」といったことを言う方もいたのです。
 これに私はとても驚きました。私もそれなりにそういう業界にいましたし、今も知人が多く働いていますが、ああいうことが「あたりまえ」というのは初耳でしたし、また、週刊誌の職場がそんなに無法な場所だと感じたこともなかったからです。
 あとで気づいたのは、「元編集長」の人たちは、本気でこの問題について論じたいのではないのだろう、ということです。おそらく、彼らの目的はそこにはなくて、武勇伝めいた話をすることにあるのではないか。「俺も昔はワルでさあ」です。そう考えると腑に落ちました。
「昔は随分無茶やったもんだよ。たとえば......」
 これです。ひょっとしたらモテたいのかもしれません。
 もちろん、諸先輩の経験談にはそれなりに価値があるのだろうとは思いますが、一方で、ただでさえメディアに対しての見方が厳しくなっている中、業界全体の信用を下げるような発言には慎重になってほしいものだと思いました。

 6月新刊の『フェイクニュースの見分け方』(烏賀陽弘道・著)は、新聞、テレビ、雑誌、ネットが流す膨大な情報から「ファクト(事実)」と「フェイク(嘘)」とを見分ける秘訣をまとめた1冊です。この本で示された、50個近い具体的なポイントを頭に入れておけば、無益な「ワル自慢」の類のコメントは聞き流せること間違いなしでしょう。

 他の新刊3点をご紹介します。
日本の暗黒事件』(森功・著)は、週刊誌記者として、またフリージャーナリストとして長年、様々な事件を追ってきた著者の集大成的作品。よど号事件、ロッキード事件、オウム真理教事件等、社会を大きく変えた「暗黒事件」の裏側を明かします。ファクトを追い続けた著者しか書けない裏話が満載です。
東大卒貧困ワーカー』(中沢彰吾・著)は、東大卒で民放局アナウンサーという華々しいキャリアを持つ著者が、退社後に経験したさまざまな派遣労働の現場を描いた入魂のルポ。有効求人倍率や就職率が上がったことを捉えて、景気が良くなったと言う人もいますが、実際の現場はそんな生易しいものではないことがわかります。
 そんな話ばかり聞いて、気が重くなった、という方はぜひ『生きてこそ』(瀬戸内寂聴・著)を手に取ってみてください。嬉しいことも、辛いことも、みな"生きてこそ"味わえるのだ、という著者の説法が心にしみいるはずです。

 いずれもパクリなし、オリジナリティあふれる4冊です。
 今月も新潮新書をよろしくお願いします。
2017/06