小説新潮


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立ち読み

2010年2月号


「慶次郎縁側日記傑作選」刊行記念対談
寺田 農×北上次郎/僕らが好きな「慶次郎」



北上 僕、「慶次郎縁側日記」は全部読んでるつもりだったんですが、最新刊の『白雨』だけ読み損なっていて、先日慌てて読みました。そうしたら、やっぱり面白かったので感心したんです。本編12冊と番外編の『脇役』、合せて13冊も続いているのに、まだこんなに面白いかと。
寺田 どれを読んでも常に面白いっていうシリーズは、なかなかないですよね。
北上 稀有な例です。
寺田 北原さんは、よくこれだけ多くの人の悩みを掬い上げるものだなあ。現代に通じる話も多いし、日常生活でもアンテナを張り巡らせているんでしょうね。
北上 今回の『慶次郎縁側日記傑作選』に寺田さんは何を選ばれたんですか。
寺田 推薦作を一つだけ挙げろとのお達しで、全部読み返したんですが、結局『再会』に収録されている「卯の花の雨」を選びました。これはシリーズの初期に書かれた慶次郎の艶っぽい話で、年齢を重ねた大人の男が抱く恋心のやるせなさが僕にはたまらない。それと、この作品に立ち込める匂い――それは卯の花どきの雨の匂いであり、やるせなさの匂いなんですが、それがラストで、わーっと立ち上ってくる。
北上 ストンと終って余韻を残すパターンが多いですよね、北原さんの小説は。
寺田 最後の一行のキレがすごいんですよ。「卯の花の雨」の「佐七が熱いするめを裂くことに夢中になっているのが有難かった」なんて幕切れは、慶次郎の切ない気持ちが大変よく伝わってくる。
北上 僕が『傑作選』の依頼をされた時、最初に挙げたのは「その夜の雪」だったんです。シリーズ第一作目であると同時に、これを読まなきゃ始まらないという最重要作ですから。でも、それはすでに収録することが決まってますと言われて、次に選んだのが「似たものどうし」です。このシリーズにはたくさんの脇役が出てきて、どの人も魅力的ですが、僕の一番は何といっても「蝮の吉次」。
寺田 いいですねえ。僕も脇役の中では吉次が一番好き。
北上 町人の弱みを握っては金を強請る嫌われ者の岡っ引ですが、複雑で陰影に富んだ人物です。「似たものどうし」は吉次を主役に据えて書かれた最初の作品で、ネタバレになるので詳しくは話せませんが、まず、吉次がある少年と出会う。少年は事情があって悪事に手を染めようとしていて、それを知りながら、はたして吉次はどうするのかというのが話のポイントです。
寺田 いい話でしたね。以前、北原さんにお目にかかった時に聞いたけれど、北原さんも一番好きなのは吉次ですって。
北上 僕は、彼と妹のおきわの微妙な距離感がすごく好きなんです。吉次にすれば、妹に幸せな結婚をして欲しいがために悪どい小銭稼ぎをやってきた。けれど、妹のほうはいい迷惑だと思ってるかもしれないし、妹の旦那も吉次が二階に居候していることを本当はイヤがっているんじゃないか。そう思いながらも、吉次はやっぱり悪いことを考えてるという(笑)。
寺田 一筋縄ではいかない、屈折した男の魅力ですね。「幸運なんてものは、そう簡単にゃこねえんだよ」なんて言うところがあったけれど……。
北上 「晩秋」ですね。
寺田 あのセリフなんか吉次らしいですよね。この小説には、役者にとっておいしいセリフというか、言ってみたいセリフがたくさん出てくる。これは勝手な想像だけれど、北原さんはセリフを声に出しながらお書きになってるんだと思うな。優れたセリフを書く脚本家はそういう方が多いんですよ。
北上 それは役者さんならではの視点ですね。


続きは本誌にてお楽しみ下さい。

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