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小説新潮
立ち読み
2010年8月号
「残日録・夏──惜命の旅」団 鬼六
無期から死刑へ
春の花の季節は終わっても、夏の陽気に満ちた光線はまだ訪れず、春でもなく、夏でもない五月、六月という季節を私は昔からあまり好きにはなれなかった。この時期を〈曖昧の季節〉と私は見ていた。
今年だって、そうだ。東北のA県には夏の陽気が射しているのに隣のB県では雪が降り出すという珍気象が生じ、政界の方では、曖昧の政治を続けていた八方美人の鳩山内閣が八方塞がりになってぶっ倒れた。すぐさま同じ民主党の菅内閣に移行したが、沖縄の普天間問題など、結局は曖昧のままになってしまっているけれど、あれでいいのかな、と、疑問を投げかけたくなる。いや、ガン患者のくせに沖縄の将来を考えるなんぞ、おこがましいと言われそうだ。
四月中旬、食道ガンの放射線治療の結果をP病院のA教授から聞かされた。
「よかったですね。腫瘍が小さくなってきましたよ」
と、温顔のA教授にいわれて私はほっとした。放射線治療患者の五年生存率は二十パーセント。その仲間入りを果たした気分になったのである。
しかし、悪性の腫瘍は小さくなってきただけで、根絶したわけではない。今のところ、他の臓器への転移も見られないが、警戒しなくてはいけないから、三ヶ月に一回ずつ、必ず病院に来て下さい、とA教授に念を押された。そして、来院したら必ず内視鏡の検査を受けて下さい、というのである。
私はいわれるまま、四月の下旬に内視鏡検査を受けたが、これが結果的に良くなかったようだ。内視鏡検査というのは口から食道に内視鏡を入れて内部を観察するわけで、胃カメラを呑まされるようなものだが、そのときに担当技師はガン腫瘍の一部を摘出した。ガン治療の担当医A教授にサンプルとして提出したと思われるが、この内視鏡を呑まされた翌日から、また、私の食道に異変が生じた。
食すれば痛みが生じ、飲すれば痛みが生じる、という初期の状態に戻ってしまったのである。ガン細胞を一部摘出した際に咽頭の粘膜を傷つけたことが原因だろうと私なりに判断してA教授に相談したが、
「そういうことはあり得ますが、放射線治療の場合、完治するのは緩慢になります。時が経てば元通りになるでしょう」
という返事だった。
しかし、かなり時が経ったが、流動食は嚥下が出来ても、固形食は喉が受け付けない。それを告げるとA教授は鷹揚に、
「食生活のことばかり考えずに、神経を他へ発散してみてはどうですか。もうすぐ五月の連休が始まりますから、二、三日家族旅行でもなさったらどうです」
と答えた。食道ガンの方は、現在、快方に向かっているのだから、神経質に考えると、かえって良くない、という意味だろう。
それもそうだ、とは思うのだが、連休があるから二、三日は旅行を楽しめといわれても私は透析患者である。二日に一度ずつ透析病院に通って、大量の血を抜きとり、濾過して体内に戻すという屈辱の療養生活を余儀なくされている。透析をサボり出すと忽ち体内に変調をきたし、生命も保証出来なくなる、と絶えず医師や看護師に脅され続けて、七十五歳から七十八歳までのこの三年間、何とか生き永らえることが出来たようなものだ。最初のうちは透析拒否を許さなかった院長に反発するような気分でわざとズル休みしたりしたが、すると、にわかに体調が崩れ、眩暈が生じる。死ぬ気で水にもぐったが、息苦しさのため慌てて水から首を出して必死に呼吸するように、やっぱり透析病院に駆け込むことになる。
続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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