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小説新潮
立ち読み
2010年9月号
巻頭コラム「ポーカー・フェース どこかでだれかが」沢木耕太郎
山梨の、中央本線が通っている小さな駅の近くに、一軒のレストランがある。
レストランというより食堂と言った方がいいような外観だが、出すものは由緒正しい「洋食」だ。
その店は老人がひとりだけでやっている。
ドアを開けて中に入ると、キッチンの奥で料理を作っている老人に怒鳴るような大声で言われてしまう。
「遅いよ!」
初めての客は何を言われたかわからないまま要領を得ない声を出すことになる。
「はあ?」
「時間がかかるよ!」
それで、店には客が一組しかいないけれど、料理を作るのに時間がかかると言っているらしいことがわかる。
「かまいません」
そう言って、空いている席に座ろうとすると、またキッチンの奥から老人に怒鳴られる。
「汽車の時間は平気かい!」
なるほど。列車の待ち時間に入ってきて、間に合わないから早くしてくれと催促されるのがいやなのだ。あるいは、時間のことでトラブルになったことが何回かあり、それがトラウマになっているのかもしれない。なるほど。なるほど。
それがわかって、思わず笑いそうになってしまうが、注文をして待っていると、その笑いがだんだん固まってくる。
嘘いつわりなく遅いのだ。先客は一組しかおらず、老人も奥で一生懸命作っている音が聞こえてくるのに、なかなか料理が出てこない。ようやく先客の料理が出てきて、さあ、もうすぐだと楽しみにしていると、それからがまた長くかかる。一時間に一本の特急が二本ほど通り過ぎたのではないかと思われるころ、ようやくできあがってくる。
ところが、笑いの固まった顔で、出てきた料理を食べはじめると、今度はそのおいしさで表情がゆるんでくる。まさに、「鄙には稀な」おいしさなのだ。
チキンのソテーにかかっているクリームソースもなかなかなものだし、なにより定食についてくるごはんがおいしい。その上、安いときている。
いつのころからか、その駅の近くに住んでいる友人宅を訪ねた帰りには必ず寄るようになったが、時間に余裕がないときは諦めざるを得ない。
このレストランのオーナー・シェフの老人が誰かに似ている。他に客がいないときなどは、料理を出し終わったあとにテーブルの近くまできて話し相手になってくれたりするのだが、はて誰だったろうとつい考え込むことになる。
間違いなく、私の知っている誰かに似ているのだ。
先頃亡くなった井上ひさしさんとは一度だけお会いしたことがある。いや、それを「会った」と言ってしまうと言い過ぎのような気もする。「すれ違った」か、「遭遇した」というくらいの表現がふさわしいところかもしれない。
私がまだ二十代で、原稿の書き方が極端に遅いころだった。締切に間に合わないため、よく出版社や新聞社に出向いて書いたものだった。何回かは、それでも書けなくて印刷所まで「連行」されたこともある。
その夜、文藝春秋の小部屋で原稿を書いていた。いまとなっては、それがどんな原稿だったかは覚えていない。とにかく、バッグに執筆道具を突っ込んで家を出ると、編集部の脇にある小部屋に入った。入ったからといって魔法のようにスラスラ書けるようになるわけでもなく、いつまでも白いままの原稿用紙を前にして、このまま逃げ出してしまおうかなどという不埒なことを考えたりしていた。
そんなときだった。小部屋のドアが少し開いて、顔をのぞかせた人がいる。そして、のんびりとした口調でこう言った。
「やってますなあ」
私には一面識もない方だったが、セーター姿のその人が妙になつかしい相手のように思え、つい調子のいい返事をしていた。
「ええ、やっとります!」
それが井上ひさしさんだった。
続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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