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小説新潮
立ち読み
2010年9月号
「進々堂世界一周 戻り橋と悲願花」島田荘司
1
ある九月の日曜日、ぼくは京大の御手洗さんを誘って、上京区の堀川にかかっている一条戻り橋まで散歩した。予備校はお休みだったし、受験勉強ばかりで頭が疲れてもいた。
京都の街のあちこちに口を開けている冥界への入り口、といった類のホラー伝承がぼくは大好きで、興味があった。御手洗さんは医学者で、科学者だから、そういうものは信じないみたいだったが、京都に住む者として、知識としては知っていてもいいと思うから、案内したのだ。
雲の多い昼下がりで、それでも曇天ではなく、柔らかな秋の陽射しが時おり行く手の舗装路を照らして、散歩には格好の日だった。たまに風は吹いたけれど、それほど強くはなかったから、残暑の季節には汗を抑えてくれてちょうどいい。
「御手洗さん、この橋のこと知っていましたか?」
ぼくは訊いた。
「いや」
と言って御手洗さんは、あっさり首を横に振った。世の中のことを、何でも知っているような御手洗さんだったから、ぼくはずいぶん意外に思った。ぼくら世代の京都在住者にとっては、このあたりは有名で、もう常識だったからだ。
「ぼくは京都のこと、意外に何も知らないんだ。基本的なことも知らないかもね。でも一条と言うくらいだから、ここは古い京都の端っこなのかな。北の端なの?」
「そうです」
言って、ぼくは苦笑した。
「なんだか、ぼくが御手洗さんに何か教えるなんて、変ですね」
「ああそう?」
御手洗さんは平然と言った。
「いつも、教えてもらっているから」
「古い橋みたいだね」
「そうです。西暦七九四年に平安京ができた時、もうこの橋は架けられたんです。橋そのものは何度も架け替えられているけど、場所はずっとここで、同じです。堀川に架かっているんです」
「千年橋だね」
「はい。ここは古い平安京の北端に位置して、街も、条と名のつく道も、ここから始まります。南に向って一条二条と。ここは洛中と洛外を分ける境目、北の境界線で……」
「この橋が?」
言いながら御手洗さんは、石造りの橋の欄干にゆっくりと腰をおろした。
「そうです。そして平安京に入ってくる厄神を遮るための、ここは格別呪術的な、重要空間だったそうです。橋というものには特別な意味があるらしくて」
「ほう」
「この橋を通る道、東西方向がずっと境界線、ここから南は洛中、華の平安京ですけど、北側、あっち側に一歩出ると、もう黄泉の国、霊界なんです。だからあの世」
「死者の国?」
言って、御手洗さんは下の流れを見おろした。
「そうです、鬼や魔物が棲む霊界。この橋は、あの世とこの世の境界線上に架かっているんです」
「そうか、思い出したよ。今の京都御所は、平安京時代の平安宮御所とはだいぶ位置が違うんだったね。大内裏は、今の御所よりずっと西、ここよりももっと西だな、ずっと中央寄りにずれていて、さらにもう少し南にあった。その大内裏の北端に接する東西の線が、一条通りだね」
「はいそうです」
「今のこの一条通りだと、東に行くと御所の中途に当たってしまうけど、当時この道は、新設都市平安京の、北の境を走っていたんだね。いわば都市を囲む外枠の一本だ」
「そういうことです」
「そして当時の朱雀大路、つまり南北方向の最も太いメインストリートは、今の千本通りにあたる、そうだよね?」
「はい」
「現在の京都御所は鎌倉時代に、二条城は江戸時代に作られたんだから、往時の平安宮の計画とは何の関係もない」
「はい、そういうことです」
「理解したよ、それで平安京の北の外側は、もう闇の領域だったってことね?」
さすがに科学者らしく、御手洗さんの理解は徹底していて明瞭だった。
「往時なら、このあたりはだだっ広くて、草深い街はずれで、ましてこの外側なんてね、広漠たる荒地だったろうからね、ここから山地に向けては鬼の住処だったろうな。夜は踏み込むのもためらわれたろう」
御手洗さんは顔をあげて、今はビルも建つ、洛外の方向を見渡していた。
続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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