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未完の西郷隆盛―日本人はなぜ論じ続けるのか―

先崎彰容/著

1,430円(税込)

発売日:2017/12/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

明治維新は「国のかたち」を間違えた――。

アジアか西洋か。道徳か経済か。天皇か革命か――日本人はいつも自らの理想とする「国のかたち」を西郷に投影し、「第二の維新」による「もう一つの日本」の実現を求めてきた。福澤諭吉から中江兆民、頭山満、丸山眞男、橋川文三、三島由紀夫、江藤淳、司馬遼太郎まで、近代化の是非を問い続けてきた思想家たちの一五〇年。

目次
はじめに
第一章 情報革命――福澤論吉『丁丑公論』と西南戦争
1 情報革命の到来
成島柳北と福地源一郎/西郷と福澤の「危惧」/西郷と福澤のつながり/新聞報道への違和感/大義名分と政府見解の同一視/政府の情報統制とその帰結/「文明の利器」と「文明の精神」/廃藩置県と旧士族の不満/征韓論の挫折/戦争を煽る新聞
2 世界史的事件としての西南戦争
『民情一新』と官民の軋轢/後発資本主義国家ロシア/ロシアという先例/ニヒリストという帰結/明治日本との類似性/情報革命がもたらすもの/何を処方すればよいのか
第二章 ルソー――中江兆民『民約訳解』と政治的自由
1 西郷・兆民・ルソー
西郷伝説と恐露病/「恐露病」の時代/西郷を愛する中江兆民/凡派の豪傑/非凡派の豪傑/「西郷隆盛の反動性と革命性」
2 経済上の自由放任主義と道徳の解体
「経済革命」への危機感/普仏戦争の分析/自由主義経済批判/文明社会の姿/経済上の自由と政治上の自由
3 フランス革命と『社会契約論』
フランス革命の経過/『社会契約論』の読み方/共同体のつくり方/「君」という訳語
4 日本社会への処方箋
日本の時代診察/自由民権の帰結/「浩然の気」/個人道徳と習慣/西郷隆盛の「国家」観
第三章 アジア――頭山満『大西郷遺訓講評』とテロリズム
1 西郷隆盛とアジアの匂い
反転する西郷評価/一九六〇年代と文化大革命/西郷の二重性/『南洲翁遺訓』の文明観/「アジア主義」の特色
2 玄洋社と有司専制批判
頭山満の『大西郷遺訓講評』/玄洋社の国権と民権/有司専制批判による統一行動/天皇親政と征韓論/玄洋社の大アジア主義
3 敬天愛人とテロリズム
佐藤一斎と「敬天愛人」/敬天愛人が含みもつ「毒」/植木枝盛と西郷の共通性/玄洋社と長崎事件/来島恒喜とテロリズム/「天道是か非か」
第四章 天皇――橋川文三『西郷隆盛紀行』とヤポネシア論
1 天皇と革命
三島由紀夫の西郷論/三島の陽明学論/天皇が担う「文化」/天皇と革命/「西郷」を発見する橋川文三
2 「菊池源吾」の南島時代
安政の大獄と入水事件/南島の西郷/ゆらぐ「皇国」観念/島尾敏雄のヤポネシア論/「もう一つの日本」と多様性/「かってゆ騒動」と西郷
3 ヤポネシアと革命
島尾敏雄の南島生活/西郷の「奇妙な想念」/吉本隆明の問いかけ/吉本南島論の射程/大嘗祭と聞得大君/西郷と天皇をつなぐ思想
第五章 戦争――江藤淳『南洲残影』と二つの敗戦
1 江藤淳の『南洲残影』
「視察」か「刺殺」か/尋問之筋有之/猪飼の西郷観/丸山眞男が評価した「近代化」への「反逆」/西南戦争と天皇親政/江藤にとっての「文学」/勝海舟への肯定的評価/江藤の政治家像/『海舟余波』から『南洲残影』へ
2 天皇を超える国家
天皇を批判する西郷/天皇を超える「国家」/二つの敗戦
3 文学から見た西南戦争
明治二〇年の『孝女白菊の歌』/漢詩文の流行が持つ意味/アメリカとは何か/「近代」と日本語の危機/坪内逍遥と二葉亭四迷の挫折/リアリズム文学の限界/夏日激石に見る「近代」/乃木希典の「近代」/二つ目の敗戦――「抜刀隊」の調べ/西南戦争と「近代」/「西郷南洲」という思想
終章 未完――司馬遼太郎『翔ぶが如く』の問い
反近代の偶像/司馬遼太郎からの「問い」/征韓論と革命への嫌悪感/西郷隆盛に、死生観を問う
あとがき

主要参考文献

書誌情報

読み仮名 ミカンノサイゴウタカモリニホンジンハナゼロンジツヅケルノカ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 272ページ
ISBN 978-4-10-603820-4
C-CODE 0395
ジャンル 日本史
定価 1,430円
電子書籍 価格 1,144円
電子書籍 配信開始日 2018/06/08

書評

西郷隆盛の「逆説」

筒井清忠

 本書は西郷隆盛を主にした近現代日本の思想史的・精神史的考察である。興味深い論点は多いがここでは二点だけを採り上げておくことにしたい。
 一つは西郷隆盛とルソーの関係についてである。これはもともと橋川文三の提起した問題であった。それが著者の手を経て改めて活性化されたわけである。
 近代日本を論じる場合、橋川文三をかいくぐっているかどうかの違いは大きい。橋川をくぐっていないと議論が平板になるのだ。近代日本の国民国家形成期に作られたものが国民国家形成にフィットしていたというような当たり前のことを述べるものにしかならないのである。
 最近そうした書き物が多くうんざりしていた中、久しぶりに橋川的なものを本書は感じさせたのである。
 さて、では西郷隆盛・ルソー問題とは何か。西郷は不平士族の反乱の代表的事件を起こした最も反動的な人物とそれまで見られて来た。しかし、橋川はルソーと共通する問題を西郷に初めて見たのである。それは熊本の自由民権派の宮崎八郎がルソーの民約論を読んで「泣きながら西郷軍に投じた」というエピソードに由来している。
 そして、そこから両者ともに近代文明に根源的懐疑を抱いていたという共通する論点が出てくる。西郷が、後の超国家主義・アジア主義の一つの源泉であることは比較的知られていることだが、ルソーがジャコバン主義を経て現代のある種の全体主義へつながるという視点は日本ではあまり知られて来なかった論点である。そこに橋川は着眼したのである。
 この論点がさらに、「東洋のルソー」と言われた中江兆民が誰よりも西郷を尊敬していたという問題とも関わってくる。中江兆民はフランスから帰り、佐賀の乱の直後に、島津久光に向かって“西郷を上京させ近衛兵に太政官を囲ませればよい”と提言したのだった。
 兆民には、「凡派の豪傑」と「非凡派の豪傑」という議論があった。兆民は、大久保利通のように時代の流れに敏感な、そしてそれに上手く乗ることだけを目指す人間には時代を変える力はないと論じた。それは「凡派の豪傑」なのであり、それに対して、西郷は時代の流れに上手く乗るのではなく、時代の流れとは何なのか、文明開化は日本人に何をもたらすのかを根源的に考えていたのだ。だから西郷は「非凡派の豪傑」だと兆民は言うのである。
 これ以上は読者に直接読んでもらうしかないが、この西郷の「反動性と革命性」をめぐる論点が本書では様々に展開されていくわけである。
 次に、本書で興味深いのは、有名な西郷の「敬天愛人」の思想が持っていた問題点を検討した箇所である。
 それは、西郷を尊敬していた玄洋社がテロリストを出した問題とも関わると著者は考察する。つまり西郷の思想の中に影があって玄洋社にまで伸びていると見るのである。
 著者はまず、西郷が大きな影響を受けた佐藤一斎の陽明学の中に「天人合一思想」というものがあり、それは肥大化してくると「自己」が一人歩きを始め、人を容れる度量がなくなり独善が生まれることがあるという。自由民権運動家の植木枝盛などにもその傾向が見られたが、西郷にもそこに陥る危険性があったというわけである。
 日本の実証史学を確立した重野安繹は西郷に奄美大島で会い人柄をよく知った人物であったが、重野は西郷の欠点として、相手をひどく憎むことをあげているという。西郷は豪傑肌だが度量は大きくない、そういう「敵を作り憤慨している人間」なので西南戦争などが起きたと言うのである。
 最近浩瀚な西郷研究書を書いた家近良樹も、西郷が対人関係において極度の潔癖症であり妥協下手であったために巨大なストレスを抱えていたことを指摘している。
 この延長線上から玄洋社のテロリズムも生まれてきた可能性があるというわけである。玄洋社の来島恒喜は条約改正のための仮装舞踏会などの欧化政策に激怒、大隈重信外務大臣に爆弾を投げ(暗殺未遂)自決する事件を起こすのである。
 このつながりについてはなお解明の余地もありそうだが、西郷から玄洋社、さらにその後への精神史的解明という難しい領域に一つの光を投げかけたといえよう。
 最初に「橋川的なもの」ということを言った。それは何かといわれると難しいのだが、こうしてみるとそれは一つに「近代と反近代の逆説」にたえず軸を置いた視点の保持ということになるであろう。そして、それは著者によって本書に活かされたのである。

(つつい・きよただ 帝京大学教授)
波 2018年1月号より

著者プロフィール

先崎彰容

センザキ・アキナカ

1975(昭和50)年東京都生まれ。東京大学文学部倫理学科卒。東北大学大学院博士課程を修了、フランス社会科学高等研究院に留学。2021年5月現在、日本大学危機管理学部教授。専門は日本思想史。著書に『ナショナリズムの復権』『違和感の正体』『未完の西郷隆盛』『バッシング論』など。

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