●忍者の里
最近、「歴ドル」という、歴史にくわしいアイドルが登場しているそうです。「秀吉LOVE♥」とか、「信長最高~!」という若い女の子も多いそう。たしかにNHKの大河ドラマなどで秀吉は憎めない男性に描かれていますし、信長はどの作品でもだれよりもかっこよく描かれていますものね。「歴ドル」さんも、鉄道好きの「鉄子」さんのように大きく育ってほしいものです。歴史には、本当に汲めども尽きぬ面白さがありますものね♥
室町末期の乱世から戦国時代にかけて、歴史の中心舞台は、実は琵琶湖周辺の近江地方だったのではないかと思います。新幹線で米原から京都に向かう途中の左側の山の裾野にひろがる平地、東近江・南近江のあたりは、特に歴史の表舞台のヒーローたちを裏で支えた人々の土地なのです。今回ご紹介する近江商人と忍者と呼ばれる人々です。
商人についてはまた後ほどご紹介するとして、忍者の里といわれる場所は、京都に近い山裾に位置しています。甲賀忍者の里(滋賀県甲賀市甲南町)です。山を越えて三重県側には伊賀の里があります。

雨あがり、忍者の里の山の光景。空にゆらゆら昇る水蒸気が狼煙っぽい。まるで妖術?
でも、さて、本当に忍者っていたんでしょうか?
今も「
甲賀流忍術屋敷」として有名な望月邸に行ってみました。
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忍者の術といえば、小説やTVや映画では不思議な妖術のように紹介されていますが、忍者は決して自分からは「仕掛けない、殺さない。逃げるんです。コレが一番!」と館長さんの熱い説明。写真の忍者道具は、相手を怯ませ逃げるための道具なのだそう。 |
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なんの変哲もないように見える座敷。ここは家族の寝間なので、そこかしこに仕掛けが。人間の心理を逆手に取った仕掛けは、大人も大納得。子供たちは、なぜか興奮の極み。 |
「忍者は戦いのあった時のもの。戦がなくなったら、いらんのですわ」と、忍術屋敷の館長さんの話は、80歳にしてなお闊達。諸国に名を馳せた忍者という存在がどうして生まれたのか、考えさせられます。「乱世には戦に明け暮れて、この辺りはもう、ぐちゃぐちゃにされたんですわ」。だからこそ、敵から家族を守るために屋敷を改造し、集落の結束を固めていったといいます。
「明治になってはじめて、屋敷にこんなからくりがあったことが分かった」のだそう。なぜか?…誰もしゃべらなかったから。それだけ結束が固かったんですね。
このあたりの歴史については、司馬遼太郎著「街道をゆく」(7巻・甲賀と伊賀のみち)にくわしいので、是非お読みになってください♥
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毎年9月12日には、伝統行事として「流星まつり」が甲南町で行なわれます。 |
忍者が逃げる時に使われたのが「火薬」。TVでもよく観ますよね。「真っ暗な闇夜にヒューと上がる狼煙(のろし・花火)は、その当時、相当不気味だったと思いますよ。人々は、妖術かと思って恐れたでしょうね。流れ星ともいっていたようです」
そういえば、ドラマでよく「流れ星があったから不吉なことが起きる」なんていうセリフがありますけど、このことなのでしょうか? たしかに忍者の放つ狼煙なわけですから、この「流れ星」の後に、何かが起こるのは当たり前かも?
「武装集団というより、頭脳集団ですな」と、館長さんの説明にもますます熱が入ってきます。この火薬を作る、使うことに長けていたほかに、もうひとつ長けていたものが薬草の扱いでした。
ここまで知ると、歴史好きの方には、この里の人々が戦史に登場してくる、近江の乱「鈎(まがり)の陣」についてを調べてみることをおすすめします。歴史への知的好奇心は、いやがうえにも高まりますよ♥
〔関連行事〕
「甲賀流忍者検定」 2009/3/28
関連WEBサイト
※「3月15日~3月31日のイベントスケジュール(2009/03/19現在)」より
「伊賀上野NINJAフェスタ2009」 2009/4/1~5/6
関連WEBサイト
※「4月1日~4月21日のイベントスケジュール(2009/03/19現在)」より
●日野商人館
商人という言葉には、「なにわ商人(あきんど)」「近江商人(しょうにん)」といった、特に呼び名のついた商いのスタイルがあります。「近江商人」は格別かもしれませんが、エコな生活スタイルに目覚めはじめた現代の私たちにも、「近江商人」の生活スタイルから何かヒントがもらえそうな気がします。
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股旅映画? といった風情の旅姿。天秤棒には主に薬を入れて売り歩いていたそう。富山の薬売りが「熊の胆」なら、こちらは「感応丸」が主力商品。( |
「近江商人」といっても、主に3つ(近江八幡、五個荘、日野)に分けられ、それぞれ商いのスタンスが違っていたようです。日野の場合は、「小さく沢山」。大通りに大店を構えるのではなく、小さな町にいくつもチェーン店を作るというスタンス。「小口のお得意様ほど大切に!」といった家訓が残されています。
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小粒の半月型がかわいい「感応丸」。 |
行商で資金ができるとお店を持つのですが、日野商人は北関東に店を数多く開きました。水の良いところを選び、酒造り、醤油造りといった生産にも手を染め、そして流通させるという複合的な商いをしたのが特徴。北関東の酒造りは日野商人が始めたとも言われているくらいだそうですよ。
そこで再び家訓、「実直な商いで高利を望まない」「感謝の気持ちを忘れない」。例えば豪商の一人、山中兵右衛門家の家訓の最初の文字は、「慎み」。商家の家訓としても有名です。日野商人は商いができ、生活ができることを「冥加」(=おかげ)と考え、利益の地域還元をしてきたといわれています。江戸時代からこんな企業理念を持っていたとは!! スゴイ人たちですね。
〔日野商人的大金持ちになる秘訣〕 |
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こちらは、もう一軒の豪商の館、旧山中正吉邸。山中兵右衛門さんの分家の内部です。
日野商人の家には、上がりかまちの正面に必ず「厳倹約」の大きな札が!(写真左)
家の中は、迷路のように広いけれど、心地よい和の空間♥
さて、しかし…、この家の主は、ほとんど関東の店に出ずっぱりなのです。(もったいないですねぇ。)留守宅を守るのは、奥さんの重要な役目。お店に丁稚(でっち)として入る前には必ずこの家で奥さんから躾られ、関東に送り出されていました。お掃除、洗濯、料理は言うにおよばず、長じてはお茶やお花といった教養も身につけさせたそう。
一流企業人となるための教育ですが、受けるほうの修行は、並大抵ではないでしょう。が、躾けるほうの体力・気力も大変なことですよね。スゴイことです!
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台所の大きな竈(かまど)。奥さんを中心に、どれだけの人数がいたのでしょう?! |
*玄関には「厳倹約」の標語札のほかに、必ず置いてあったものがありました。なんだと思います?それは、「置き下駄」。主人の留守を悟られないよう、用心のために玄関に男物の下駄を置いておくのです。…ん? この知恵は、現代の私たちの生活にも生かされているのでは?

近江では、2月から商家の雛飾りが見られるので、なかなか面白いですよ。りっぱなお雛様の美しさもさることながら、商家ならではのお雛様もあったり♥ 日野地方では北関東に店を持っていた関係もあって、関東風の飾りつけもみうけられます。(写真は旧山中正吉邸)
広々としたお屋敷でゆったりお雛様鑑賞というのも、旅の愉しみでは?
〔関連行事〕
* 「
日野ひなまつり紀行」は3月8日で終了ですが、五個荘では3月31日まで「
商家に伝わるひな人形めぐり」が開催されています。
*滋賀県の壮麗な曳山(山車)のお祭りのご紹介。
「長浜曳山まつり(湖北)」 2009/4/13~4/16
関連WEBサイト
※「4月1日~4月21日のイベントスケジュール(2009/03/19現在)」より
「水口曳山祭(湖東)」 2009/4/19~4/20
「日野祭(湖南)」 2009/5/2~5/3
「大溝まつり(湖西)」 2009/5/3~5/4
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マンホールにも日野商人が♥ |
*日野商人は戦国時代、徳川家康に鉄砲を200丁調達したことから、家康の天下統一後、鉄砲の製造を禁止されても商人に身を変えて保護され、冒頭の商人スタイルがはじまったのだとか。…ん? 鉄砲といえば、この時代は火縄銃。…ということは「火薬」を扱う人とも繋がっていた?…しかも薬も扱うし…と思い巡らしていくと…。歴史ってなんだかステキに面白いと思いませんか?
●近江おすすめジビエ料理
〔香想庵〕
関連WEBサイト
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独特のくせを消して、誰にでも食べやすくした鹿肉ローストのセット。(¥2,000)中央は牛乳豆腐。 |
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池田牧場で絞った牛乳からでた「ホエー」(乳清)。 |
近江湖東三山で知られる「永源寺」のそばにある、農家レストラン。ジビエ料理には、ぼたん鍋、鹿肉ハリハリ鍋なども♥ ジビエが苦手な方には、岩魚(いわな)料理もあります。
*金額は2009年3月現在のものです。
〔大地堂〕
関連WEBサイト
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日野商人館から歩いてすぐの |
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小さなパン屋さんの店長・志穂さん。 |
自家製の小麦(古代小麦:ディンケル小麦)にこだわったドイツパンのお店です。ここでも、鹿のリエット(¥800)が販売されていました。ドイツパンと鹿独特の風味はベストマッチ。また「発芽米玄米ブロート」(¥650)も注目の玄米入りのパン。
*金額は2009年3月現在のものです。
〔旅カレンダー頁のトップの下をスクロールすると、毎日の情報が見られます。お役にたててください♥〕












