とんぼの本


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2012年05月15日


 山桜が咲き始めた。次々とそこら中の木々の枝から新芽が吹き出している。
 まさに新しい、ぷりぷりの命がウチの周り中で吹き出しているので、そのエネルギーの固まりのような若葉色の気体が、辺りに満ち満ちているのが、目に見えるのである。
 あんぐりと口を開けて、ずーっと見ている。そうすると、いつのまにか自分が消えてなくなってしまうのだ。こんな山の景色をぼんやり見ている、人間の「私」が、稀薄で、薄っぺらい存在だと気が付いてしまうのだった。気持ちいいくらいに。

 でも。消えてなくなってしまっている場合ではなかった。赤木工房の食活(おいしい旬のものを食べるための活動)が、ずんずんと始まってしまったのだから。さあさあ。

 みんなそわそわしている。今日こそは午後から、「たらの芽」を採りにいかなくてはならないのだ。
 みんなウキウキしている。「こごみ」を探しにいきたいのだ。「ワラビ」だって、もっと採りたいし。「山うど」も、とっておきのあの場所に、採りにいかねばならない。

 私はあわあわしている。
 かごに山のように入っているワラビの灰汁抜きをしなくてはいけない。
 葉わさびを上手にツーンと辛いおひたしに仕上げなくてはならない。
 大量のたらの芽は、延々と天ぷら鍋と向き合い、揚げ続けることになる。
 こごみはくるりんと、見ているだけで可愛いのに、マヨネーズで和えたり、おひたしにしたり、なんでもおいしいから、やめられない。

「もうたくさんだあ。」と音を上げるほど、食べているくせに、どうしても、山菜が出ていそうな場所に行くと、そのまま通り過ぎることができない。

「こんなに採ったから、もうそろそろ戻ろうか。」と口では言っているけれど、眼はまだ足下に釘付けで、ワラビをきょろきょろ探している。せっかく見つけても、採って食べるのには伸びすぎてしまっていると、「あーん。どうしてもっと早く探しに来なかったんだろ。」と、本気で悔しい。

 気がつかないうちに、狩猟・採取の本能が丸出しになって、我を忘れている。
 このままだと、知らないうちに、着ているものも脱ぎ捨てて、「ウホー」と、雄叫びをあげてしまうかもしれない。(それはそれで、ちょっと楽しそうなのだけれど。)

 大事な「食活」のひとつである、畑仕事も始まった。
 みんなで耕して、みんなで種をまいた。ひと汗かいたら、ここいらの村のコンビニである、「エバさん」まで行って、人数分のアイスを買ってくる。みんなでじゃんけんをして、勝った人から好きなアイスを食べるのだ。ここでも、じゃんけんで勝った人が、「ウホー」と雄叫びをあげている。

 すてきに耕されて、パラパラと種をまいた畝の隣には、雪の前に大きくなりきらなかった白菜や小松菜の畝がある。嬉しい事に、順番にそれらの茎が伸びて、菜花が付くのだった。様々な種類の菜の花を食べることができるという訳だ。ハサミでぽきんぽきんと摘んでは、毎日いただいている。
 若々しい緑色の白菜の菜花の花束が、あまりに可愛らしいので、どこかの花嫁さんに走って届けたくなってしまう。(どこにも花嫁さんなんていないから、急いでおひたしにしてぺろりと食べちゃうのだけど。)

 さあさあ。うっとりしている暇はないぞ。

 これから「みずぶき」も出てくるし、「芹」も馬のように食べなくてはいけない。(そんなに食べなくてもいいんだけど。)「蕗」もずんずんと葉を広げてきた。「あさつき」も「行者にんにく」も、それからそれから……。

 どうぞみなさん。もしも、ウチの近くの森の中で、あらわな姿で我を忘れて、「ウホー」と裸足で走り回っている私を見かけたならば、「そろそろお家に帰りなさい」と、声をかけてやって下さいね。おねがいしておきます。



2012年05月15日:そわそわ




1962年岡山県生まれ。中央大学文学部哲学科卒業後、編集者を経て、1988年に輪島へ。輪島塗の下地職人・岡本進のもとで修行、1994年に独立。以後輪島でうつわをつくり、各地で個展を開く。おもな著書に、『美しいもの』『美しいこと』『毎日つかう漆のうつわ』(以上、新潮社)。




1962年東京生まれ。東京学芸大学卒業後、現代陶芸を扱うギャラリーに勤務。1987年、赤木明登氏と結婚。1989年、明登氏が漆職人の修業を始めるため、輪島へ移住。以来一男二女を育てながら、工房のおかみさん業をこなす日々。こだわりを持ちながらも自然体のライフスタイルは、各誌で注目をあびている。著書に『ぬりものとゴハン』(講談社)、『赤木智子の生活道具店』(新潮社)。




とんぼの本は「美術」「歴史」「文学」「旅」をテーマとするヴィジュアルの入門書、案内書のシリーズです。創刊は1983年。シリーズ名は「視野を広く持ちたい」という思いから名づけたものです。

一日一花 川瀬敏郎

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