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バルテュスの優雅な生活
あれは約20年前、1984年のことです。京都市立美術館で、ある画家の展覧会が開催されました。画家の名はバルタザール・クロソフスカ・ド・ローラ、通称バルテュス。当時すでに「20世紀最後の巨匠」と呼ばれていましたが、ほとんどの作品が個人蔵であるため、実際に画を観るチャンスはめったに巡ってきません。そのバルテュスの回顧展が日本で初めて、それも東京でなく京都でのみ開かれたのです。よく晴れた初夏の昼下がり、ひとりで会場に出かけました。出品数は少なかったけれども、初期の代表作である《山(夏)》《美しい日々》《コメルス・サン・タンドレ小路》などが放つ、えもいわれぬ神秘と不思議なエロティシズムに圧倒され、魅入られたものです。今回、本書を編集するにあたり、あのときの感動が鮮やかに甦ってきました。
バルテュスはまた「孤高の画家」とも呼ばれていました。シュルレアリスム全盛の時代に生きながら、画壇の流行には背を向け、ひたすら自らの信じる美を追求。彼にとっては、幼い少女たちこそ「完璧な美の象徴」であったため、その画は賞賛を浴びるいっぽう、誤解され非難されることもあったといいます。極貧の時代を経て画家としての地位を確立するも、40代半ばにしてフランスの田舎に隠遁。その後7年間、めったに人前に姿を現すことなく、謎に包まれた生活を送ります。後にローマのアカデミー・ド・フランスの館長に就任。初仕事で訪れた日本で待ち受けていたのが、後に夫人となる節子さんとの運命の出会いでした。
終の棲家となったのは、スイス山中の屋敷グラン・シャレ。節子夫人は、愛娘・春美さんとともに、今もここに暮らしています。あの京都の夏を思い起こさせる緑かぐわしい季節にこの館を訪れ、節子夫人のお話をうかがいました。そして、めったに他人が入ることを許されなかったアトリエ、鏡や絵筆など遺品の数々、未公開の素描帳などを撮影することができました。
本書では、そうした貴重な写真や関係者の肉声をもとに、バルテュスの人生の物語をたどっています。もちろん、代表作も多数収録。バルテュスを愛する方々はもちろん、やはり画家でもある節子夫人のファンの方々にも、ぜひ手にとっていただきたい1冊です。

画業に進むきっかけとなったのは、11歳の頃、愛猫ミツとの出会いと別れを描いたドローイングだった。以来、猫はバルテュスの大切なパートナー。この2代目ミツは愛娘・春美さんからの贈り物。
撮影=景山正夫


