とんぼの本 |
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藤沢周平 心の風景
先人の書いたものにひかれて旅に出ることは、ままあることでしょう。〈とんぼの本〉シリーズでも『奥の細道を歩く』があり、現代の作家によるものでは『白洲正子と楽しむ旅』などがあり、『近江路散歩』は司馬遼太郎氏の次の一節に出会わなかったら、はじまらなかったかもしれません。
「下り列車が関ケ原盆地をすぎ、近江の野がひらけてくると、胸の中でシャボン玉が舞いあがってゆくようにうれしくなってしまう」(『街道をゆく』)
私が、藤沢周平氏の故郷・鶴岡へ思いをはせるようになったのは、いつ、どの作品、どの場面からかは、さだかではないのですが、『蝉しぐれ』の冒頭、主人公・文四郎の眼前にひろがる朝の田園風景にひかれたのかもしれません。そして、はじめて訪れたそこは、空が高く、その下にたんぼが豊かにひろがっており、類稀な穀倉地帯を実感しました。
鶴岡に通い出してから幾度目かの早朝のことでした。寝坊助の私の部屋を、この世の終りとも思えるような轟音と振動がおそいました。とびおきましたが、何が何だかわかりません。窓を打つ雨の音に、日本一の雷多発地帯といわれ、「雷サミット」なるものが毎年開催されている鶴岡が実感されたというわけです。と同時に、ここの風景の秘密がとけた気がしました。今まで横のひろがりばかりにひかれていましたが、その中に垂直のひろがりがかくされていたのです。詳述できませんが、本書中の旅案内の記「名作『蝉しぐれ』を歩く」を出羽三山で終りにしようと考えるようになったのも、この朝ゆえでした。

国宝の羽黒山五重塔
2005/09
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