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   <title>とんぼの本・編集者のことば</title>
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   <subtitle>編集者のことば</subtitle>
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   <title>高峰秀子 暮しの流儀</title>
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   <published>2012-01-27T04:00:00Z</published>
   <updated>2012-01-31T04:00:46Z</updated>
   
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      <![CDATA[　二〇〇九年の夏の終わり。麻布十番の駅前にあったファミレスで、斎藤明美さんと数ヵ月後に刊行する『<a href="/book/322231/">高峰秀子の流儀</a>』の打ち合わせをしていたときのこと。
「今度のご本は読み物としてしっかりした単行本にさせていただきたいので、『婦人画報』での連載中に毎号掲載されていた高峰さんの愛用品のカラー写真は、残念ですが入れられません。じつは私、どっちかっていうと〈とんぼの本〉の編集部員でして、それらをまとめたビジュアルブックをこさえさせていただけませんでしょうか」
　と図々しくもお願いしてしまった。
　斎藤さんはちょっとびっくりされたようだったが、
「ご提案ありがとう。帰ったら松山と高峰に聞いてみます」
　持ち帰ってくださって、翌日にはさっそく「いいですよ、という返事をもらいました」と電話をくださった。
　あれから、ほんとうに、いろいろなことがあった。]]>
      <![CDATA[『高峰秀子の流儀』は発売直後から重版を重ねていた。斎藤さんはお目にかかるたびに、「とんぼの本のために、高峰はこういうのもあるよ、と用意してくれています」と言い、詳細に話してくださった。並行して、斎藤さんの次作『<a href="http://www.shinchosha.co.jp/search/result.php?name=%E9%AB%98%E5%B3%B0%E7%A7%80%E5%AD%90%E3%81%A8%E3%81%AE%E4%BB%95%E4%BA%8B">高峰秀子との仕事</a>』のゲラも順調に出来ていた。ところが、二〇一〇年末、突然の悲報。高峰秀子さんが亡くなったなんて。言葉に出来ない日々が続いた。
　それでも、松山善三さんと斎藤明美さんは、生前の高峰秀子さんが待ち望んだ『高峰秀子　暮しの流儀』を、約束どおり、形にしてくださった。
　この本をあらためて見てみると、松山家のご家族三人の幸せな日々が凝縮している。そして私は心の中で、この二年半という長いようで短かった時間を、しみじみと思い返している。]]>
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   <title>フェルメール巡礼</title>
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   <published>2011-11-25T04:00:00Z</published>
   <updated>2011-12-05T13:44:40Z</updated>
   
   <summary>　フェルメールの世界的な人気は、近年ますます加速中。その理由として、清廉で穏やか...</summary>
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      <![CDATA[　フェルメールの世界的な人気は、近年ますます加速中。その理由として、清廉で穏やかな画風、稀少性、小さめサイズ……などが挙げられることが多い。いずれも、なるほど、と納得させられる根拠である。とはいえ、なにより私たちを魅了してやまないのは、それぞれの作品に秘められた（と、現代人が感じる）さまざまな物語、モチーフの意味、光と影の織りなすハーモニー、そして構図の妙を「読み解く」愉しみではないか。フェルメールの絵を前にすると、何故だか誰もが、探偵のような気分になる。美術史家のみならず、異分野の研究者、そして純然たる美術愛好家を含めて、観賞者ひとりひとりが史料を漁り、検証し、空想を膨らませ、推理する悦びに取り憑かれてしまうのだ。いったん、この「フェルメール病」にかかってしまったら……もう諦めるしかない。誰もが、「自分だけのフェルメール」を探し続けることになる。
　本書は、現在、観ることのできる世界各地のフェルメール作品と所蔵美術館ガイド、そして、“理系”の視点を交えて細部を解読する驚きのコラム集など、既刊『<a href="/book/602104/">謎解きフェルメール</a>』（小林頼子、朽木ゆり子著）とは全く異なる角度から、この画家にアプローチしている。臨場感溢れる展示風景の写真も満載。ぜひとも、2冊併せてお楽しみください。



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ワシントン・ナショナル・ギャラリー　撮影　筒口直弘


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ベルリン国立絵画館　撮影　小野祐次


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デルフト市街風景　撮影　野中昭夫]]>
      
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   <title>京都洋館ウォッチング</title>
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   <published>2011-11-25T03:00:00Z</published>
   <updated>2011-11-30T03:55:48Z</updated>
   
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      　編集担当のＡです。私は高校の時、京都に修学旅行に行って以来の京都好きで、京都にたくさん行きたいがために、京都への出張が多そうな方面の出版社に就職しました。というのはウソですが、大の京都好きなのは本当。よく、イケズされたとか、大学生は大事にされるけど棲むことになったヨソサンには冷たいよ、とか聞きますが、私はいつだってあくまで旅人ですので、まったくそんなこと構いやしません。仕事の上でのイケズ、というのも20代の時はされた（ような気もする）が、もうイケズもされなくなった（感じないだけかも）といって等しいです。
　そんなわけで、はりきってこの企画を進めたことは言うまでもありません。
　しかも、著者の井上章一先生。その昔、当時在籍していた雑誌で毎月書評を執筆していただいていましたが、お目にかかるのは、なんとそのとき以来。ご専門の建築史のみならず、美女、人形、霊柩車、関西文化など幅広く風俗・意匠について研究していらっしゃるとてもユニークな先生です。とくに“美女好き”で名高い方なので、かなり気が重かったのですが、一緒に仕事をしてくださった京都の編集者が美人だったので、大変助かりました。
      　さて本題を少しだけ。
　京都といえばいうまでもなく、神社仏閣、歴史上の人物ゆかりの場所、風光明媚な自然、美味しいもの、美しいお土産など訪ねる目的はいくらでもありますが、本書のように、明治以降の近現代建築を見に行く、眺めてうっとりする、という目的で京都に行く人はかなり稀だろう、ということです。しかしそこが、じつは狙い目。東京に“遷都”されてしまって以降の京都には、優秀な建築家が素晴らしい建築を遺しているのです。
　たとえば、京都に行ったら必ず一度は通るであろう四条通。四条大橋のたもと、東南側には南座があります。年末は恒例の歌舞伎の顔見世興行です。人の往来が多いので立ち止まってしてまでじろじろ建物を見ないでしょうけれど、よく眺めてみてください。美しい千鳥破風と唐破風が組み合わさった壮大な桃山風の建物に圧倒されます。これは1929年、白波瀬直次郎の作。また、四条通を挟んで南座の向かい側には、レストラン菊水が（本書の表紙にもなっています）。下の方ばかり見ているとわかりませんが、視線を上げて天辺まで見上げると……。なにやらまあるく弧を描いた屋根の不思議な塔屋がすこーんと飛び出ています。1926年、松村次郎という建築家の作で、アール・デコやスパニッシュなど当時流行ったデザインスタイルが混在する、なかなかお洒落な西洋建築です。
　さらにさらに、四条大橋を挟んだ西南角には日本で多くの西洋建築を手がけた、あのヴォーリズの設計による東華菜館（1926年築。当初はビアレストラン、今は北京料理店）が建っています。正面入口、羊の頭や魚貝の装飾がデコラティブで愉快。中に入ってお食事すると、意匠を凝らした部屋など見どころ満載ですので、機会があればぜひ。
　以上は一例です。普段はさっと通り過ぎてしまうかもしれない街中、いままで気づかなかった“新鮮な京都”が、この本には詰まっています。
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   <title>仏教入門 法然の「ゆるし」</title>
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   <published>2011-09-27T05:00:00Z</published>
   <updated>2011-10-12T02:37:27Z</updated>
   
   <summary>　今年は、浄土宗の開祖、法然上人（1133～1212）800回忌となります。京都...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinchosha.co.jp/tonbo/editor/">
      　今年は、浄土宗の開祖、法然上人（1133～1212）800回忌となります。京都の総本山知恩院をはじめ、各地で大規模な法要が行われています。
　
　梅原猛さんいわく法然は、「日本最大の思想的革命家」。一体何をどのように変革したのか？　日本仏教にとどまらず日本文化にも大きな影響を与えた宗教家の人生と教えを、分かりやすく、深く、解説したのが本書です。

　その生涯については、国宝絵巻「法然上人絵伝」とともに、ターニングポイントとなる年齢を見出しに掲げ、見開き単位で、紹介しました。思想については気鋭の宗教学者、町田宗鳳さんがＱ＆Ａ形式で、難解になりがちな仏教教義を現代の私たちの感覚に寄り添うよう明晰に説いてくださいました。そして知の巨人、梅原猛さんは、ご自身と法然のかかわりを省みながら、その思想の核心に迫る論考、タイトルもズバリ「死の教師、法然」をご寄稿くださっています。さらに故郷、岡山県美作と京都を取材した「法然への旅」と「法然ゆかりの地マップ」も収録、充実の入門書となっています。
      <![CDATA[　2011年は、法然上人の直弟子である親鸞聖人（1173～1262）の750回遠忌でもあり、とんぼの本では、本書と同時に『<a href="/book/602224/">仏教入門 親鸞の「迷い」</a>』も刊行しました。この二人、その教えはほぼ同じなのですが、比べてみると、生き方や性格、その後の教団の発展などに大きな違いがあります。あわせてお読みいただければ、人間“法然”“親鸞”のイメージがより豊かなものになるのではないかと思います。

　東京国立博物館では今秋、「法然と親鸞　ゆかりの名宝」展が開催されます。本書に掲載のさまざまな遺品、美術品が出展されますが、仏教美術はその文脈を知ってこそ大いに楽しめるもの。展覧会に行く前の予習に、行った後の復習にも最適の一冊です。




法然上人八百回忌・親鸞聖人七百五十回忌
特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」
会期　2011年10月25日（火）～12月4日（日）
会場　東京国立博物館 平成館（上野公園）
<span style="margin:0 5px 0 5px; "><img src="/common/images/listmarker_01_06.gif" width="7" height="6" alt=""></span><a href="http://www.honen-shinran.com/" target="_blank"><span class="writerlink">www.honen-shinran.com</span></a>]]>
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   <title>イタリア古寺巡礼 フィレンツェ→アッシジ</title>
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   <published>2011-09-27T03:00:00Z</published>
   <updated>2011-10-06T02:44:27Z</updated>
   
   <summary>　この本は、中世ヨーロッパの美術と歴史を案内する「古寺巡礼」シリーズの2冊目です...</summary>
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      <![CDATA[　この本は、中世ヨーロッパの美術と歴史を案内する「古寺巡礼」シリーズの2冊目です。昨年刊行した<a href="/book/602207/">1冊目</a>は、ミラノやヴェネツィア、ラヴェンナなど、北イタリアをまわりましたが、今回は中部イタリア。トスカナ、マルケ、ウンブリアの3地方に残る、10の中世聖堂を訪ねました。詩人ダンテ、画家ジョット、そして聖フランチェスコという、イタリア史に輝く偉大な3人は、いずれもこの時代、この地域で活躍しました。〈中部イタリアは、中世ヨーロッパ世界全体を照らす光を生み出す地域でもありました〉（小澤実）
　取材は今年（2011年）の3月です。昨年と同じく、著者の金沢さん、小澤さん、コーディネイターの粉川さん（フードライターで、今回は料理のコラムを書いていただいています）と、車で2週間ほどの旅でした。取材を始めて2日目にあの震災が起きて、その映像はイタリアでも繰返し流れました。それからはどの教会を訪ねても、神父、修道士、堂守のみなさんが、まずこちらの眼を見つめて、手を握り、祈りを捧げてくれたのが、強く印象に残っています。
　以下は、本書からの引用と、掲載図版のいくつかです。


]]>
      <![CDATA[〈「古代復興」という考え方はけっしてルネサンス期に特有の概念ではありません。中世人も、古代ローマに憧れを抱き、彼らなりの方法で「ローマ風」の建築や美術をめざしました〉（P19／フィレンツェ）


〈塔は1173年、海戦の勝利を記念して建てられました。町の威信をかけた普請ですから、建設途中で傾いたのは大誤算。原因は地盤です〉（P38／ピサ）


〈メディチ家の治世の頃（16世紀）は、8月10日の聖ロレンツォの祝日に、なんと市民にステーキを振舞っていたそうです〉（P42／フィレンツェ）


〈アルプス以北では一世を風靡したゴシック建築も、イタリアでは流行りませんでした。シエナは例外です〉（P50／シエナ）


〈トスカナの代表的風景として世界遺産にも登録されていますが、これは、中世以来、森の伐採、開墾、土壌改良など、「善政」によってつくりあげられた景色なのです〉（P65／モンタルチーノ）


〈描かれた木には、25の男性器がたわわに実っています。女たちは収穫中〉（P74／マッサ・マリッティマ）


〈山の幸の代表は「ウサギのポルケッタ」。ポルケッタの語源は「ポルコ＝豚」。本来は豚に香草を詰めて丸焼きにする中部イタリアの伝統料理ですが、マルケではウサギでも作ります〉（P94／マルケ地方）


〈しかし「カノッサの屈辱」以後、皇帝と教皇の対立は緩和されるどころか、激化の一途をたどった〉（P105／フェレンティッロ）


〈こんな冗談があります。「聖フランチェスコが墓から起きてきて、豪華な聖堂を見たらどう思うか」。卒倒するに違いないと言うひともいますが、私はそうは思いません〉（P120／アッシジ）






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ロメーナ、サン・ピエトロ教区聖堂で。


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グロピナ、サン・ピエトロ教区聖堂の柱頭彫刻。12世紀後半


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アッシジ、サン・フランチェスコ修道院の食堂。昼食の準備中。]]>
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   <title>直島 瀬戸内アートの楽園</title>
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   <published>2011-08-31T03:00:00Z</published>
   <updated>2011-08-31T01:47:16Z</updated>
   
   <summary>　本書は2006年11月に発売され、これまで大好評を博してきました。しかし刊行か...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinchosha.co.jp/tonbo/editor/">
      　本書は2006年11月に発売され、これまで大好評を博してきました。しかし刊行から5年近くが経過し、直島のアートプロジェクトのさらなる進化に対応するために、最新の改訂版を刊行することになりました。で、改訂にあたり、編集者である私に与えられた大きなミッションは、アーティストや建築家、キュレーターの方々の新たなインタビューを集めることでした。その数10名。1カ月ほどの間に、私はインタビューのために日本中を駆け巡ることになりました。ところが相手はみな日本を代表するような、錚々たるアーティストや建築家ばかりです。言葉ひとつひとつの重みがすごいのです。インタビュー中に、思わず脳がじんじんと痺れるような、強烈な刺激を何度も受けることになりました。
      <![CDATA[　たとえば、豊島（てしま）美術館のアートワークを担当したアーティスト内藤礼さんの言葉を本書から紹介してみましょう。「聖なるものは、特別なところにあるわけではない。むしろ俗の中心に休らい、そこで俗を支えている」「アートが生まれるところに近づくということは、それがアートではなくなるところに近づくということなのかもしれません」。すごい言葉だと思いませんか。もうひとり、犬島アートプロジェクト「精錬所」の設計を担当した建築家の三分一博志さんの言葉も紹介しましょう。「ぼくがつくるものは、地球に埋まる植物のような建築でありたいと思っています」「呼吸する建築があると、ひとつの森のようになるのかなと思います。それが群生している都市、それがぼくが見てみたい風景です」。こんな印象的な言葉の数々が本書にはちりばめられています。私にとっては、まさに編集者冥利に尽きる一冊となりました。





<img src="/tonbo/html/images/602222_01.jpg"/>

大竹伸朗氏が手がけた直島銭湯「Ｉ<img src="/tonbo/html/images/herat.jpg" align="absmiddle"/>湯（アイラヴユ）」]]>
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   <title>宮澤賢治―雨ニモマケズという祈り―</title>
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   <published>2011-07-25T03:00:00Z</published>
   <updated>2011-07-22T01:40:40Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinchosha.co.jp/tonbo/editor/">
      　この本の構想は、実は2年前に始まりました。賢治作品の原風景を長年撮り続け、彼の親友・保阪嘉内についても研究する写真家・小松健一さんと、「賢治さんで一冊を」と話してきました。
　加えて執筆には、賢治が生前訪れた樺太（サハリン）を、改めて訪ねていただく重松清さん、そして岩手在住で高校・大学と賢治の後輩にあたり、彼の生涯や作品について書いていただく澤口たまみさんのお二方のご協力も決まり、本格的に編集作業に入った矢先――2011年3月11日、東日本大震災が起きました。
      <![CDATA[「雨ニモマケズ　風ニモマケズ……」と賢治は手帳に書き残しました。自分が理想とする人物像を描いています。それは不治の病の床にあって、やり残した多くを想い、記されたのだと思います。「サウイフモノニ　ワタシハナリタイ」と締めくくった時、彼の胸の内はいかばかりだったか……。
　三陸を襲った明治の大津波の年に生まれ、同じく昭和の大津波の年に亡くなった宮澤賢治。そして期せずして、平成の大津波の年に、この本ができました。岩手の人のため、もっと生きたかった彼の残した言葉は、まさに今、イーハトーブのすべての人が幸せになりますようにという、願いであると思うのです。





<img src="/tonbo/html/images/602221_01.jpg"/>

賢治の死後に発見された「雨ニモマケズ」手帳（宮沢賢治記念館蔵）


<img src="/tonbo/html/images/602221_03.jpg"/>

詩集『春と修羅』、童話集『注文の多い料理店』が刊行された1924年、28歳の宮澤賢治]]>
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   <title>日本の建築遺産12選―語りなおし日本建築史―</title>
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   <published>2011-06-24T05:00:00Z</published>
   <updated>2011-06-29T04:33:26Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinchosha.co.jp/tonbo/editor/">
      　本書は『日本の建築遺産12選』と銘打ちながら、いわゆる日本建築史でよくとりあげられる茶室も城も数寄屋も出てきません。阿弥陀如来の後ろからビームのように柱が三方に飛び出す、「浄土寺浄土堂」。緑濃い山中に、まるで投げ入れられたようにぽつねんと建つその名も「投入堂」。近代建築ながら日本古来の寺社を思わせる美しいカーブの「代々木オリンピックプール」。水戸の街にそびえ立つ著者・磯崎新さん設計の「水戸芸術館アートタワー」……。どれも皆、ある種異形の建築です。
　磯崎さんによれば、日本建築史は海外から技術や様式を取り入れ、それを日本流にアレンジするというサイクルを繰り返してきたそうです。本書では「外圧－内乱－受容（もどき）－変形（やつし）＝和様化のサイクル」と説明しています。茶室や城、数寄屋というのは、中国から取り入れた建築のスタイルを変形し（やつし）、洗練させた結果生まれた日本オリジナルの建築なのでしょう。その点、本書でとりあげている建築物は輸入した様式が、日本独自のものへ変形するその間（はざま）に建てられたものばかりです。だから、どこかアンバランスだったり、荒々しさがあったり、いわゆる日本的建築の洗練とはことなるものになるようです。これもまた日本建築らしさの一面なのです。ページを捲れば、写真からひとつひとつの建築が持つ力強さを感じていただけるのではないかと思います。
      <![CDATA[　サブタイトル『語りなおし日本建築史』の意味は従来の日本建築史とは異なる、磯崎さんのこの文明史的視点にあります。本書を編集作業中に東日本大震災がありました。先の和様化のサイクルでいえば「内乱」の時期に突入したといえますが、今までのサイクルに倣えば、次には「受容（もどき）」のステージに入るのでしょうか？　磯崎さんには緊急に震災後の日本と日本建築の展望についてもご執筆いただきました。建築から見えてくるこの国の姿。まさに今こそ多くの方に、お読みいただきたい一冊です。




<img src="/tonbo/html/images/602220_01.jpg"/>

著者・磯崎新氏設計の水戸芸術館アートタワー　茨城県水戸市


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二重螺旋のおもしろ建築・さざえ堂　福島県会津若松市]]>
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   <title>浮世絵入門 恋する春画</title>
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   <published>2011-06-24T04:00:00Z</published>
   <updated>2011-06-29T03:32:04Z</updated>
   
   <summary>　この本は、『芸術新潮』2010年12月号特集「恋する春画」を増補・再編集したも...</summary>
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      <![CDATA[　この本は、『<a href="/geishin/index.html">芸術新潮</a>』2010年12月号特集「恋する春画」を増補・再編集したものです。特集号は完売、しかも、いつもの号より女性客が多かったそうです。
　特集を企画・編集したのは本の共著者でもある橋本麻里さんと、『芸術新潮』編集部の女性編集者でした。以下に、雑誌の「編集後記」を再録します。肉食系なふたり。頼もしい。（す）

　アダルト語彙連発で周囲の編集部員をドン引きさせていた春画特集編集会議。レイアウト時も、編集長「表紙のタイトル文字はピンクで！」　デザイナー「もういっそ流行の豪華オマケ付き雑誌みたいにしたら？」　編集長「なに付けましょうか」　デザイナー「ティッシュとか」。……それ全然「恋する春画」じゃないですから！（橋本麻里）]]>
      　編集の追い込みで、睡魔とエロに襲われる乙女（わたしです）の救いとなったのは、夜な夜な送られてくる橋本麻里さんの爆笑原稿。そもそも春画って、お笑いだし。ヘルシンキ、パリ、バルセロナ、ミラノに続き、ソウルでも大規模春画展を開催。2013年春には大英博物館でも予定。世界に羽ばたけ、江戸絵師たちのお笑い魂！（吉田晃子）
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   <title>ヴァチカン物語</title>
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   <published>2011-06-24T03:00:00Z</published>
   <updated>2011-06-29T03:30:42Z</updated>
   
   <summary>　真冬のローマで、塩野七生さんにお会いすることができました。「敬意を持って言えば...</summary>
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      　真冬のローマで、塩野七生さんにお会いすることができました。「敬意を持って言えば、ヴァチカンは敵なのよ」と、画家ティツィアーノと名づけられた薄紅色のカクテルを、ほんの少しだけ口に含みつつ。なぜなら「ヴァチカンを知らなければ、ヨーロッパは理解できないから」と……。数十年にわたってイタリアに住み、ルネサンス、古代ローマ、そして中世の歴史に挑み続ける塩野さんのその言葉には、ぴりっと冷たいヨーロッパの空気に、切り込んでいくかのような力がありました。
      <![CDATA[　美術史家・石鍋真澄先生と歩いたサン・ピエトロ大聖堂の壮大さ。現地で解説していただいた、思いがけない見どころや聖堂の建造秘話は、本書にもしっかりと収録されています。
　新進の歴史家・藤崎衛氏による、異色の教皇や現役エクソシスト、ヴァチカン市国の日常生活など、驚きに満ちた、そして濃密なコラムにもご注目ください。
　もちろん、ヴァチカン美術館やローマの四大バジリカの詳しい紹介も収録しています。確かな手応えを感じていただける一冊と信じて。




<img src="/tonbo/html/images/602218_01.jpg"/>

サン・ピエトロ大聖堂内に座す等身大の聖ペテロ像。
信者たちが触れたり接吻したりするため、その右足はすり減っている。


<img src="/tonbo/html/images/602218_02.jpg"/>

テヴェレ河を背に真っすぐのびるコンチリアツィオーネ通りを歩いてヴァチカン市国を目指す。]]>
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   <title>鮨12ヶ月</title>
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   <published>2011-04-22T03:00:00Z</published>
   <updated>2011-06-28T03:05:48Z</updated>
   
   <summary>　本書の舞台となった「新橋鶴八」が、どのような店か、紹介の労をとっていただいた早...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinchosha.co.jp/tonbo/editor/">
      　本書の舞台となった「新橋鶴八」が、どのような店か、紹介の労をとっていただいた早瀬圭一氏には『鮨に生きる男たち』（新潮文庫）という著書がある。十七店の鮨屋と鮨職人を紹介した後、「鮨、寿司、鮓のあとがき」で氏はさらに「はじめて鮨らしい鮨を口にした」屋台の鮨屋など無名もふくめ二十七店をたて続けに語っている。その態は、「鮨に生きる男」は実は筆者・早瀬本人ではないか、と思わせるところがある。
      　ひるがえって担当編集者の鮨屋のつけ台前体験は――父親につれられていった東京の郊外電車の線路わきの店だったように記憶している。編集者は三人兄弟なのだが、そこには姉も弟もいなかった。もちろん母親も不在で、なぜ父親がそんな気をおこしたか、短篇小説のテーマになりそうなものだが、ハッキリとしない。特別な体験だったことはいうまでもない。鮨屋は贅沢な異空間であることは、それから半世紀以上たった現在もかわらない（少なくとも編集者にとって）。
　次にはっきり記憶に残っているのが、本書の親方の親方の店「神田神保町鶴八」。社会人になって少しだけ贅沢が許されるだろうと思いはじめていたころのことだ。以来、この「親子のような鮨」を握るといわれる二人の親方の味が鮨だった。
　でも味は出会いと相性だと思う。本書を見、読んでいただき、読者の方々それぞれが少し贅沢だが、一月に一度ぐらいは大人はこれくらいの楽しみをもっていいのではないか、そのための店をみつけていただき、この国に生まれたからには四季の味を楽しんでいただきたい。
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   <title>キューバへ行きたい</title>
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   <published>2011-03-25T03:00:00Z</published>
   <updated>2011-06-28T03:10:50Z</updated>
   
   <summary>いつかキューバをテーマにした《とんぼの本》を作ってみたいと、ずっと思っていました...</summary>
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         <category term="2011" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      いつかキューバをテーマにした《とんぼの本》を作ってみたいと、ずっと思っていました。キューバというと、カストロやゲバラの革命の国、社会主義の独裁政権、ミサイル危機、アメリカによる経済封鎖等々、どうしても重苦しいイメージをもってしまいがち。でも、キューバに行ったことのある人の話を聞くと、皆、例外なくとても楽しそうで、この国の虜になってしまった人が多かった。また、一世を風靡した「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」が示すように、素敵な音楽の国でもあります。いったいどんな国なんだろう？　訪れた人たちを、これほど熱狂させる魅力とは何なんだろう？　キューバへ行きたい！
      <![CDATA[そんな思いでいろんな人の話を聞いているうちに出会ったのが、本書の著者、写真家の<a href="/writer/4246/">板垣真理子</a>さんでした。音楽関連の写真で知られる板垣さんは、アフリカ各地から中南米、アジアまで、何度も旅をし、それぞれの「音のつながり」を肌身で感じ、撮影してきたカメラマン。キューバに対する愛と熱意は尋常でなく、最初に会ったその日から、キューバの魅力をいつも熱く語ってくれました。この本は、そんな板垣さんの熱き想いをぎゅっと凝縮して詰め込んだ1冊です。
主要な町の歴史とガイドに始まり、音楽の歴史と現在、その背景にあるアフリカ起源の宗教「サンテリーア」に関する考察、世界が注目する有機農業や先進医療のレポート、そしてカストロ、ゲバラの精神まで、女性カメラマンの視点でやわらかくとらえた写真と文章で紹介します。もちろん、出会った人々の、とびきりの笑顔も満載！　<a href="/writer/1609/">佐々木譲</a>さんの巻頭エッセイ「カーニバルの街で」と、カストロから受信した最新のメッセージも収録しました。
長い植民地時代を経て、革命によってようやく勝ち取った独立の後も、様々な苦難にみまわれてどん底に陥りながら、国民が一体となって立ち向かい、経済的には恵まれなくとも、笑顔溢れる「幸せの国」を作り上げた人々の姿は、今、苦境に立たされた私たちにも、きっと勇気と元気を与えてくれることでしょう。]]>
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   <title>食べる旅 韓国むかしの味</title>
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   <published>2011-01-25T04:00:00Z</published>
   <updated>2011-06-28T03:05:48Z</updated>
   
   <summary>　待望の、平松洋子さんの“韓国本”です。 　平松さんは、世界中を旅して食や暮らし...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinchosha.co.jp/tonbo/editor/">
      <![CDATA[　待望の、<a href="/writer/2635/">平松洋子</a>さんの“韓国本”です。
　平松さんは、世界中を旅して食や暮らしの文化を探るエッセイストとして活躍されています。ご著書も多く、その人気ぶりはご存知のとおり。ふだんから対象に迫るための準備を怠ることなく、自分の足で歩き、飽くなき好奇心で綿密な取材を続けてきたからこそ生まれる、薫り高い文章。いち個人としても、私はそこに惹かれてしまってます。
　韓国の食の本は世にあまたありますが、この、平松さんが30年来憑かれたように韓国全土を旅して見つけて納得した「むかしの味＝ほんとうの味」の記録は、“おいしい店食べ歩きガイド”とはまったく性格を異にする、“平松さんの味の巡礼”を描き出したともいうべきフォト・エッセイ・ブックです。]]>
      <![CDATA[　ともあれ、本を開いていただくと、そこには、私たちの食欲を猛烈に刺激する料理が玉のごとく光っておりますので、どうぞお楽しみに。
　ちなみに、この本をデザインしてくれた<a href="/writer/3694/">山口信博</a>さんと大野あかりさんも大の韓国ファン。年に何度もうまいものを探しにソウルや各地を歩いています。どの写真をどう並べて展開しようかな、と、いつにも増して（？）、リキ入れてレイアウトしてくださいました。その辺も想像しながら、どうぞこの本を十分に味わってみてください。




<img src="/tonbo/html/images/602215_03.jpg"/>

「ゆで肉」
ソウル「味成屋」のゆで肉、スユ<span style="font-size:x-small">ク</span>]]>
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   <title>ド・ローラ節子の和ごころのおもてなし</title>
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   <published>2011-01-25T03:00:00Z</published>
   <updated>2011-06-28T03:10:01Z</updated>
   
   <summary>　最近は、家呑みやホームパーティを気軽に楽しむ方が増えてきたと聞きますが、日本人...</summary>
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      <![CDATA[　最近は、家呑みやホームパーティを気軽に楽しむ方が増えてきたと聞きますが、日本人は欧米人ほど積極的に自宅に人を招かないようです。居住スペースの違いもさることながら、お客さまに対して“完璧”なご接待をしなければ、という思いが負担になっている場合も多いのでは？
　そこで、ご参照いただきたいのが、<a href="/writer/1879/">節子さん</a>のおもてなしスタイル。
　節子さんは二十歳で画家バルテュスと出会い欧州に移住。貴族であり長くアカデミー・ド・フランス（在ローマ）の館長も務めたバルテュスの妻として、各界要人の集う大晩餐会を取り仕切る立場も経験してこられました。そんな彼女ならではの和魂洋才のホスピタリティとは……。]]>
      <![CDATA[　四季折々の花を独自のスタイルでアレンジメントしたり（時にはジャムの空き瓶など手近なものを利用！）、和食器とアジアの食器を組み合わせたり、手持ちの布を使ってインテリアを一新したり。日本の家庭でもすぐに取り入れられるシンプルかつ新鮮なアイディアばかりです。
　肩肘はらず、それでいて、心のこもったおもてなし。
　贅をつくすことよりも、招く本人が楽しんで仕度することが大切なのですね。そうすればおのずと、招かれる側にとっても嬉しく、心躍る時間と空間を作ることができるのでしょう。




<img src="/tonbo/html/images/602214_05.jpg"/>

季節ごとの花あしらいを楽しむアフタヌーンティータイム。
撮影＝山下郁夫


<img src="/tonbo/html/images/602214_04.jpg"/>

薔薇をかたどったマドレーヌには小花模様のティーカップ。
撮影＝山下郁夫


<img src="/tonbo/html/images/602214_01.jpg"/>

朝露を含んだ庭摘みの薔薇をテーブルにあしらって。
撮影＝山下郁夫]]>
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   <title>林芙美子 女のひとり旅</title>
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   <published>2010-11-25T04:00:00Z</published>
   <updated>2011-06-28T03:05:49Z</updated>
   
   <summary>『放浪記』や『浮雲』などで知られる林芙美子（1903－51）は、恋多き作家として...</summary>
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      <![CDATA[『<a href="/book/106101/">放浪記</a>』や『<a href="/book/106103/">浮雲</a>』などで知られる<a href="/writer/2557/">林芙美子</a>（1903－51）は、恋多き作家として知られていますが、年譜を見ると、旅も多かったことがわかります。そもそも、私生児として生れた彼女は、古里を知らず、13歳で尾道の学校に入るまで、両親の行商について九州各地を転々としていました。
　芙美子は〈長旅は一人にかぎる〉〈やりきれなくなるから旅をするのだ〉と書いています。その旅は、戦中の従軍ルポをのぞけば、仕事のためというより、仕事のストレスから逃れるための旅が多かったようです。とはいえ、売れっ子作家だったので、どこへいってもそのあと紀行文を書くはめになるのですが。]]>
      　今回、芙美子の紀行文を初めてまとめて読みました。どれもとてもおもしろかった。意外、といってはなんですが、素直で、正直で。気持のたかぶりだけでなく、寂しさや、屈託も記されているところに、時代をこえて、「そうそう、旅ってそうだよねー」と共感できました。
　この本では、そんな彼女の紀行文から、八つの場所を選びました。門司、尾道、東京、パリ、北海道、北京、屋久島、落合です。パリには、彼女が暮したホテルや、立ち寄った酒場がまだ残っていました。稚内の文章は、なぜか朝7時の駅の描写がつづくので、やはり早朝から張り込んでみました。屋久島は案の定、豪雨で、雷も激しくて、飛行機が飛ばず、でもそのおかげで、芙美子と同じく船で鹿児島へ帰ることになりました。
　そうした写真だけでなく、文庫本の品切等で、いまではなかなか読めなくなっている芙美子の紀行文もたっぷり引用していますので、どうぞ手にとってみてください。
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