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読売新聞 夕刊 6/20
新潟日報 6/24
時事ドットコム 6/24
47NEWS(共同通信) 6/24
日経新聞 6/24
僕がソウル北端の自由路(チャユロ)から見渡した、かすんだあの北の空のもとには、今も「イムジン河」の歌に出てくる鳥のように自由な身になって川や海、山を越えて帰国する日を夢見、待ち焦がれている拉致被害者たちがいる。
捕縛され、ボートで運ばれながら、殴られて腫れ上がったまぶたのすき間から見た最後の日本の姿は、故郷柏崎のほんわかとやさしい夜景だった。二日後、北朝鮮に着いて目にしたのは、冷たく暗い清津(チョンジン)の夜景だった──。
僕は自分が物書きの世界に飛び込んだことを無謀だったとは思いながらも、決断してよかったとつくづく思う。出版界に今のような不況の風が吹きすさぶと予測していたら……。しかし、失われた24年間を取り戻すには、チャレンジが必要だった。
拉致されて20年近く、「帰国」という二文字を心から消し去り、ひたすら子どものために生きてきた。だけど「イムジン河」の歌は、僕に鳥の帰巣本能にも似た郷愁の思いを呼び起こさせた。鳥になってイムジン河さえ越えれば、韓国に行ける。
北朝鮮にいるとき、食料の節約のため、いまなら無駄としか思えないような時間をどれだけ費やしたことか。カボチャを長期保存しようと、輪切りにしたあと細長く切り、かんぴょうもどきをつくったこともある。
小さいころ、ブリキで作った手裏剣を雨戸に投げつけて遊んだ。「やるなら他の板をみつけてやれ」と祖父に叱られた。その祖父は僕が拉致されて3年後に亡くなった。最後まで僕の名前を切なく呼んでいたという。
公衆電話は北朝鮮にもあった。赤いダイヤル式の電話機を初めて見たとき、珍しさから、近づいていって受話器を取り、ダイヤルも回してみた。ただの真似事だ。かける相手がいないのだから。
「あれ、朝鮮半島じゃない?!」家内の声に飛行機の窓から覗き見る。その瞬間、僕のなかでおぞましい24年の歳月が甦った──。
このブログ(蓮池薫BLOG「My Back Page」)は大幅加筆・修正のうえ、6月24日、新潮社より発売される単行本『半島へ、ふたたび』として生まれ変わりますので、6月12日をもって閉鎖いたします。長年のご愛読を深謝申し上げます。ありがとうございました。
12日より24日の発売日まで、単行本『半島へ、ふたたび』の概要について少しずつ御紹介する、カウントダウンを開始します!
──新潮社



