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 『蜘蛛の糸』『杜子春』で、
 あなたの善人度・悪人度をセルフチェック



 オードブルには、『蜘蛛の糸・杜子春』あたりはいかがでしょう。いわゆる「児童文学もの」。口当たりはいいし、なかなか味わい深い。芥川の世界に入るのに最適ですよ。
 まず、何と言っても『蜘蛛の糸』。地獄にいる大泥坊のカン陀多は、生きていた頃には一匹のクモの命を助けた「善人」でもありました。どうやら芥川は、人間には百%ピュアな善人はいないし、百%救いがたい悪人もいない、という考えを持っていたようです。ではカン陀多は地獄から救い出すに値する善性の人間なのか。お釈迦様は、カン陀多がとっさにどういう言葉を口にするか、テストしようとします。地獄に蜘蛛の糸を垂らして。
 その結果、カン陀多の口から飛び出したのは、醜い言葉でした。「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。下りろ。下りろ」。この瞬間に、カン陀多は「悪人」となったのです。そして、「善人になるテスト」に落第して、悪人が住むのにふさわしい地獄へと再び落ちてゆきます。
 人間は、どういう「言葉」を口にするか、どういう「行動」を取るかで、自分の本当の姿を現すのだ、と芥川は言いたかったのでしょう。電車の中で困っているお年寄りに席を譲りたいという優しさも、好きで好きでたまらない異性に対する恋心も、黙って思うだけで、何もしないうちは「無い」のと同じこと。言葉や行動になってこそ、本物となるのですから。
『杜子春』の若者は、仙人の与えたテストに見事に合格します。
「決して声を出すのではないぞ」と、仙人から固く命じられた彼が、せっぱ詰まった瞬間にその禁を破って、口からしぼりだしたのは、「お母(っか)さん」という美しい言葉。その言葉こそが、杜子春が「善人」であることの証明であり、この若者の人生を好転させるのです。
『白』の主人公は、犬。恐怖心から何もできずに、友が殺されるのを見捨ててしまう。彼は反省して、命がけの「行動」を勇敢に繰り返し、ついに立ち直ります。芥川が訴えたいのは、言葉ではなく、行為が大切なのだということです。
 絶望の苦さや、希望の甘さがミックスしたオードブル、いかがでしたか?


 一つだけ願いをかなえてやる、と言われたら
 あなたならいったい何を望みますか



 次の一皿には、平安時代に題材を得た「王朝もの」の『羅生門・鼻』はいかがでしょう。
 芥川は、数百年も昔の『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』という素材を図書館から仕入れてきて、大胆な包丁さばきと味付けで、現代風のスパイシーなアレンジに挑戦しています。
『羅生門』は、人生の分かれ道で進路に悩んでいた若い「下人」が主人公。生きるために悪事を働いている老婆の「言葉」を聞いているうちに、自分もまた悪人となる「勇気」を得て、望んで盗賊へと変貌してしまうのです。これから先、彼がどういう生き地獄でもがき苦しもうとも、それは彼が自分で選びとった人生。たとえ捕縛されて刑死しようとも、本望というもの。納得して死んでゆくほかありません。
 一方、『鼻』や『芋粥』は、人間の望みについて、アドバイスしている作品です。もし、あなたが何かよいことをして、ご褒美として神様・仏様・お天道様から、「何でも、おまえの願いをかなえてやるぞ」と言われたとします。そのときあなたは、何を望みますか。「お金」ですか? 「出世・名声・権力」ですか? それとも、「愛」なんて人もいるかもしれませんね。いやいや「健康・長寿」だという人もあるでしょう。
 ところが、この「願い」というのが、くせ者なのです。人間には「願ってはいけないこと」や「どんなに願ってもかなわないこと」がある、と芥川は読者に教えています。
『鼻』では鼻の長いお坊さんが「短い鼻」を希望して、それを実現するのですが、その結果、自分らしさを失ってしまいます。つまり、お坊さんは、「自分」ではなくて「まったく自分でない人物」になりたいと願ってしまった。現実から逃避するだけの不毛な願いは、人間をかえって不幸にするのです。


 大人の人生の味は、辛いがクセになる
 『地獄変』『藪の中』はピリリとして気が許せないぞ



 つづいて、同じ「王朝もの」でも「大人の味付け」がされた料理はいかがでしょうか。
『地獄変』は、美しい女性を乗せた牛車が燃えながら中空から地獄の底へと落ちてゆく恐ろしい構図の名画を描いた天才絵師の話。この絵のデッサンをするために、絵師は愛する娘を牛車に閉じ込めて火を放ち、焼死させてしまうのです。
「人生は短く、芸術は長い」という言葉がありますよね。不滅の価値を持つ芸術を完成させた天才絵師という名声を得たいがために、彼は人生の幸福を犠牲にしたのです。そのためには、地獄に堕ちてもいいとさえ念じたのでしょう。
 かなりシリアスな味わい。背筋をゾクゾクさせて召し上がれ。
『藪の中』はミステリー仕立てなのにもかかわらず、名探偵が快刀乱麻を断つ「解決」に当たる部分が見当たりません。まさに「真相は藪の中」です。
 この小説の「語り手」は三人いて、一つの事件を三者三様の視点から説明する点が特徴。しかも、三人の語り手たちの証言が食い違い、矛盾しているので、一つしかないはずの事件の真相が、最後まで見えてこないのです。世の中には人の数だけ見方、見え方がある。誰の目にも明らかな真実など最初からないのだ。芥川は、暗にそう言おうとしています。
 甘い、辛い、苦い、酸っぱいが同居した、何とも奇妙な味わいの一品に仕上がっています。気をつけて、召し上がれ。