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 旅先で出逢った人にときめいたことはありますか?
 あなたを大人にする〈伊豆〉青春「あいのり」の旅


 初めての旅なら、伊豆を選びましょう。直通列車に今なおその名を残す青春小説の名作『伊豆の踊子』。ロマンチックな出逢いと別れが待っていますよ。
「私」は旧制高校(現在の大学の教養課程)の学生。孤独な心を抱えて旅する途中、踊子の一行と出逢います。場所は、雨あがりの天城峠の「トンネルの出口」。闇から光の中へ、何とも象徴的ではありませんか。なんてったってこの旅は、青年が大人へと脱皮するためのものなのですから。
 踊子たちもまた、伊豆大島からやってきて、あちこちの温泉町で芸を披露している旅人。旅の道連れとなって過ごすうちに、「私」は、少女から大人の女へと変身する直前の、あやうい美しさを輝かせている若い踊子と親しくなり、次第に惹かれてゆきます。旅って、偶然の出逢いにもなぜか心が動いてしまうから、不思議ですよね。
 でもこの「薫」という名の若い踊子が、信じられないほど清らかな心の持ち主なんです。孤児根性で歪んだ「私」の心が、彼女の汚れを知らない心によってきれいさっぱり洗い落とされてゆきます。まるで彼女の心の清純な「かおり」が、「私」の心によどんだ醜いものをきれいさっぱりデオドラントしちゃったかのように。「私」は、これまでの人生で必死にこらえていた涙をほとばしらせます。そして涙とともに、昨日までの自分の心が、流れ去ったのです。やがてくる、別れ。場所は、下田の港。
 この作品には、メルヘンのような鋭い痛々しさと潔癖感が漂っています。踊子の存在感が発散する鋭い「かおり」は、人生がきれい事で済まないことを知っている読者の鼻の奥にも、いつまでもなつかしく残ることでしょう。「男と女の関係」にならなくても、男の心が女によって救われる奇蹟が、青年期には起こるものなんですよ。

 国境の長いトンネルを抜けて、「待つ女」のいる土地へ
 身に憶えはありませんか? 〈越後湯沢〉不倫の旅


 都会生活で疲れ切った男が旅に出て、田舎で暮らす清純な女性によって苦悩を癒されるのは、よくある話。でも、『雪国』の島村の場合、行きずりの情事ではなく、温泉芸者・駒子を訪ねて三度も越後湯沢に旅をするのです。しかも彼には東京に妻子があるのだから、まさしく不倫。わかっているのに、駒子は、けなげに待ち続けています。こういうシチュエーションにあこがれる男って、けっこう多いものなんですよね。
 短い旅がくり返されるにつれて、男と結ばれ、男の苦悩を肩代わりした女の心がだんだん傷ついてゆき、ついに我慢の限度を超えてしまいます。男って、勝手な生きものですよね。自分が必要なときだけ女を求めるなんて。傷つくのはいっつも女。
 しかも島村は、駒子と深い仲になっているのに、駒子の妹分で、かなしい心を持った若い葉子にも次第に心惹かれてゆくんです。なんてヤツだ。でも男が「本命の女性」と交際しているうちに、「本命の女性の妹や侍女」に恋愛感情を転移させてゆく、というのは、物語でも現実でもけっこう聞くじゃないですか。男は旅人、なんて、そんなカッコイイもんじゃないと思うけどなあ。
 一年に一度だけやってくる牽牛(彦星)を、泣きながら待つ織女(織姫)のように。駒子も、ふらっと雪国に旅してくる島村をじっと待つしかありません。最後の場面で、火事を見上げる島村。「さあと音を立てて天の河が島村のなかへ流れ落ちるようであった」。七夕伝説を用いて、見事に別れのときを暗示しているじゃありませんか。
 いつの時代でも、男たちは「この世ならぬ美」に憧れたり、陶酔したり、幻滅したり。そんな男に抱かれることで、幻でない生身の女たちは傷ついてきました。宇宙がある限り天の河は牽牛と織女の仲を裂き続け、地上でも男と女は傷つけ合いながら肌を合わせつづけるのでしょう。けれども、より苦しいのは女の方かもしれません。駒子の「ああっ」という、腹の底からしぼりあげた叫びが、あなたの心に響きつづけることでしょう。