対談
![]() (たぬきち氏) |
緊急出版! 超人気ブログ『リストラなう!』刊行記念対談 日本中が「リストラなう!」高橋源一郎×たぬきち |
![]() (高橋源一郎氏) |
「ネットは正義を実現する」のか
高橋 何とお呼びしたらいいのかな(笑)。僕には「たぬきち」が一番しっくりくるのですが。
たぬきち 「たぬきち」で構いません。著者名の綿貫智人とは、「たぬきちと人々の輪」という意味です。多くの人がブログに寄せて下さったコメントの一部も一緒に収録させて頂いたので、「たぬきち」をもじって編集部がつけてくれました。
高橋 これから顔出しはしていくの?
たぬきち イベントなどには出演する予定ですが、取材で顔を出していくかは編集部の判断に任せています。どうするかまだ決定していないので、今回は表紙のイラストで失礼します。イラストレーターの方とは一度もお会いしていないのに、偶然にもこのイラストが僕に似ていて驚きました。
高橋 余計なお世話かもしれませんが、顔は出さない方がいいと思いますよ。僕は去年の十二月からツイッターを始めて、たぬきちさんのブログ、「『リストラなう』日記」(以下『リストラなう!』)もツイッター経由で知りました。誰かのつぶやきを見てすぐに読んだのですが、お世辞ではなく本当に面白かった! 特にベテラン文芸編集者との激しいやり合いには、自分が最近感じていた“違和感”が可視化されたようで、『群像』で連載している「日本文学盛衰史 戦後文学篇」に引用させてもらいました。今日はまずそのお礼を申し上げないと(笑)。
たぬきち お目にかかってお話する機会があるとは想像もしていなくて……大変恐縮です。
高橋 会社を辞められて約二カ月ですが、今はどんな心境ですか?
たぬきち ちょうど引越しが終わってひと息つけたのですが、これからどう生きていくかにあくせくしていて、思い出に浸る余裕は正直まだありません。でも、離れてみて初めて、出版業界というものがいかに面白かったか――色々な人間や情報やモノが交錯するシルクロードの交差点のように、種々雑多な興奮や刺激が日常的にあったかを痛感しました。
高橋 後悔してますか(笑)。
たぬきち 後悔というか、寂しさというか……。引越しの慌ただしさもあって、最近はブログの更新も滞ってしまっています。
高橋 そもそも、『リストラなう!』を書き始めた理由は何だったのですか?
たぬきち ブログ自体は一年前からやっていました。ただの身辺雑記でしたので、誰に読まれるということもなくひっそりと書いていました。
今年の三月上旬に「早期退職優遇措置」が発表されて、中旬には会社を辞めると決断したのですが、どうせなら身の回りで起きている一番面白いことを書こうと思ったのです。軽い気持ちで始めたことが、これほどまでに反響を呼ぶとは全く想像もしていませんでした。
高橋 一時代前ならば、「ある社員の泣き言」として片づけられてしまっただろうものが、これほど大きな反響を呼んだ。インターネット上では、真剣に書かれていて社会的な価値があるものは誰かに必ず見つけ出される、ということが改めて示されたと思いました。ネットの凄い力であり、同時にとても恐ろしい部分でもありますが、『リストラなう!』に引用されていた佐々木俊尚さんの言葉を借りるならば、「ネットは正義を実現する」可能性があるというわけですね。正義というか、“希望”とも言えるでしょう。
たぬきち 僕のエントリに対して、一晩で百を超えるコメントが書き込まれたこともあったのですが、瞬間風速的な圧力を非常に感じました。
高橋 ダイレクトで即座に反応がある面白さというのは、僕もツイッターをやっていて感じます。パソコンの画面から目を逸らした数秒間で、フォロワー(いわゆる「読者」)が二百人ぐらい増えていることがある。その時は、糸井重里さんが僕のことを“つぶやいた”からだったのですが。それに、面白くないものに対して、「読者」は非常にシビアですよね。“路上演奏”と称して、一時間連続してツイートした時、しらけることを書くとすぐにフォロワーが減っていきました。そういう場合、書いている本人も面白くないと自覚しているのですが(笑)。
たぬきち 曲の途中に目の前でお客さんが帰ってしまう。まさに路上演奏なんですね。
高橋 大変な緊張感でした。普段原稿を書くときよりも、はるかに辛かった。あまりにしんどくて、十三日間しかできませんでした。
たぬきち 僕も二カ月間ほぼ毎日ブログを更新し全てのコメントに目を通していたので、本当に疲れました。
高橋 どんなコメントが特にこたえましたか?
たぬきち やはりお金に関してのコメントでしょうか。高過ぎる(と自分でも自覚している)基本給を明かしたとき、「フリーの記者やライターの不遇に何も感じないのか」という批判をたくさん受けました。業界内での待遇の差を分かっているつもりでしたが、いかに視野が狭かったのかを痛烈に思い知らされました。
高橋 『リストラなう!』がここまで人気が出たのは、たぬきちさんの本文に少しでも瑕疵があると、それに対して様々なコメント――中には的を射た長文の批判も寄せられ、それによって議論が深まり、新たに別のものを生んでいったということが非常に大きいのではないでしょうか。
たぬきち その通りです。
高橋 お父さんからの書き込みもありましたよね(笑)。衆人の前で親に説教されたり、「父ちゃん、読むのはいいけど、コメントを書くのはやめてくれ!」とお願いしたりと、親子のやりとりが僕は一番面白かった。
たぬきち 公の場での方が、親子間の照れがなくなり話しやすかったのかもしれません。でも、批判も含めて様々なコメントを読むのは、大変に心が折れる作業でした。退職までの期間が二カ月で本当に助かりました。これ以上はきっともたなかったです。
ビジネスとしての文学とは
たぬきち 最近は高橋さんの連載や新刊『「悪」と戦う』を拝読させて頂いたこともあって、文学というものが一体何なのかと考えたりもしています。二十一年間出版社に勤め、最後の二年半は営業として働いていたので、作品である文学を「商品」として扱っていたわけです。文学とは、作品であり芸術であり運動であり、そして商品でもあって……。
高橋 僕が抱いている違和感も、それです。芸術作品であり同時に商品でもあるという、文学というものが持つすごくヘンな性質について、最近は考えざるを得ない状況になっています。と言うのも、僕は三十年間作家としてやってきましたが、これまでは、小説を書くまでが「作家の仕事」でした。あとは、「よきにはからえ」ではないけれど、サイン会に呼ばれれば行くだけで、自分から営業活動などしないし、する手段もありませんでした。売れなかったら「次はもっと頑張って良いものを書こう」と努力はしますが、要は自己完結していたのです。それでも、出版業界というシステム――例えば売れ行きの良いコミックの黒字で少部数の文芸誌の赤字を埋める――の中では、それほど爆発的に売れない、僕の作品が位置づけられる純文学のようなものもなんとか出版することが可能でした。
総売上げが減り続けている上に、電子書籍が出現した二〇一〇年は、まさに業界全体で変化を求められているのだと感じています。文学のビジネスとしての要素をきちんと考えないといけないし、アートとして自己充足していたら読者に届くための通路がいつの間にかなくなってしまうでしょう。作家と読者がダイレクトに繋がれるツイッターなどは、大変貴重な空間の一つだと思っています。みんな試しに、やってみればいいんですけどね。
たぬきち 個人で独立している立場なら、何の問題もないですよね。会社を辞めると決めたから『リストラなう!』が書けたというのが本音です。恥ずかしながら、会社員のまま書く根性は僕にはありませんでした。
高橋 誰だってそうでしょう(笑)。発売されたらまた様々な批判に晒されると思いますが、落ち込む必要はないですよ。
日本中が「リストラなう!」と叫んでる
高橋 というのも、『リストラなう!』は出版業界の話ではあるけれど、「ひとつの産業が縮小する」様子で、つまりは日本社会全体があげている悲鳴の象徴――日本中がまさに「リストラなう!」だからです。百貨店にお客が来なくなり、音楽業界ではCDが売れない。大相撲や巨人戦の人気は落ちて……と、様々な業界がシュリンクを始めている。リストラに遭っている人も実際はたくさんいたりするのでしょうが、誰も「リストラなう!」とは言わなかった。ブログのような誰もがアクセスできる環境で言語化したというのは、言葉を扱う出版社に勤めるたぬきちさんだからこそできたことでしょう。
たぬきち ちょっと褒められ過ぎのような気もしますが……(笑)。ただ、僕の実感としては、社会の変化を頭ではなんとなく理解しているつもりでいても、どこに変化の軸があるかということが分からない人が多かったのかなとは思いました。僕がたまたま立てた棒――ブログに、勢いよく水が渦巻くように、こんなに多くの反応があったわけですから。
高橋 過渡期の混乱に、戸惑ったり不安を感じたりしている人がたくさんいるというのは、大河ドラマ「龍馬伝」が大人気なことからも分かりますよね。前向きに変化に対応しようと闘う龍馬の姿は、文句なしに格好いい(笑)。
たぬきち NHKと言えば、連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」も非常に面白いです。先日の放送は、貸本業界が立ち行かなくなり、水木しげるさんが、雑誌『ガロ』に漫画家としての拠点を移した話でした。まさに今出版界が晒されている混乱状態にそっくりです。NHKには先見の明があるのでしょうか(笑)。
高橋 六十年間変わらない紅白歌合戦へのアンチテーゼかもしれない(笑)。それにしても、僕が若い頃には、「世界が縮まっていく」なんて、考えもしませんでした。出版業界も、総売上げが右肩下がりの上に、「紙の本に未来はないかもしれない」という不安と混乱状態にあるけれど、文学に関して言えば、未来は全然暗くないと思っています。文学とは、人間を鼓舞し刺激を与え思考を促すものであり、また、癒しや楽しさなど様々な感情を感じられるものだと僕は考えています。生きていく上で最も必要な“栄養素”なわけだから、なくなるなんてことは決してないはずです。
たぬきち やはり辞めるの早まりましたかね……。
高橋 『リストラなう!』も立派な文学ですから、芥川賞狙いましょう(笑)。

