『できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたこと―』糸井重里・ほぼ日刊イトイ新聞/著

災いをバネに、必死で智恵を絞った人たちがいた――。震災直後から自己判断で支援物資を運び始めた「クロネコヤマト」の社員たち。津波で全て流された中からいち早く事業を再開した、気仙沼や陸前高田の経営者。困難な状況下で甲子園に挑んだ、福島の高校球児……。「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載され、熱い共感の渦を巻き起こした震災関連の話題作に、糸井重里語り下ろしロングインタビューを加えた決定版。

1400円(税別)
四六変大型 400ページ ソフトカバー
ISBN978-4-10-363802-5 C0095
2011年12月16日発売

震災が奪っていったものは多いのですが、
そのあとに生まれ育っているものも、少なくはありません。
そんな可能性を押し広げている人たちとともに、
ぼくらは「あの日からの未来」を歩いていきたい。 糸井重里

『できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたこと―』糸井重里・ほぼ日刊イトイ新聞/著

災いをバネに、必死で智恵を絞った人たちがいた――。震災直後から自己判断で支援物資を運び始めた「クロネコヤマト」の社員たち。津波で全て流された中からいち早く事業を再開した、気仙沼や陸前高田の経営者。困難な状況下で甲子園に挑んだ、福島の高校球児……。「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載され、熱い共感の渦を巻き起こした震災関連の話題作に、糸井重里語り下ろしロングインタビューを加えた決定版。

1400円(税別)
四六変大型 400ページ ソフトカバー
ISBN978-4-10-363802-5 C0095
2011年12月16日発売

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『できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたこと―』糸井重里・ほぼ日刊イトイ新聞/著

災いをバネに、必死で智恵を絞った人たちがいた――。震災直後から自己判断で支援物資を運び始めた「クロネコヤマト」の社員たち。津波で全て流された中からいち早く事業を再開した、気仙沼や陸前高田の経営者。困難な状況下で甲子園に挑んだ、福島の高校球児……。「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載され、熱い共感の渦を巻き起こした震災関連の話題作に、糸井重里語り下ろしロングインタビューを加えた決定版。

糸井重里(いといしげさと)

1948(昭和23)年群馬県生まれ。1970年代からコピーライターとして活動を始め、 「不思議、大好き。」「おいしい生活。」といった代表作を生み出す。1980年代以降は、ゲームのシナリオ作家、作詞家、テレビ司会者などとしても活躍。1998年に、ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を創刊、以降は活動の主軸を「ほぼ日」に置き、コラムやエッセイ、対談などを発表している。著書に『羊どろぼう。』『さよならペンギン(共著)』『黄昏(共著)』『金の言いまつがい(監修)』など。

ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼにっかんいといしんぶん)

1998年6月6日創刊のウェブサイト。略称:ほぼ日(ほぼにち)。「インターネットで毎日お送りする、ちょっとほかにはない、たのしい新聞」を掲げてスタートし、創刊以来毎日休まず更新されてきた。現在は、一日のページビューが150万を超える。対談やコラム、動画や音楽の中継配信、オリジナル商品の開発販売など多岐にわたるコンテンツを、主宰者の糸井重里と約50人のスタッフが、日々生み出している。

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書評
「できないこと」を見つめた先に 重松清
ちからコブはつくれなくても 宮下奈都
「できること」は、いろいろある 池上彰

目次情報

クロネコヤマトのDNA。

震災後、被災したクロネコヤマトの社員は、なぜ即座に自己判断で支援活動を始められたのか。そしてその後、なぜ会社としても、そういった社員の活動を全面的にバックアップできたのか。クロネコヤマトの創業者であり、ベストセラー『経営学』の著者でもある小倉昌男さんのDNAを引き継いだ社員たちの物語。
「ほぼ日」掲載時に、たくさんの感想をいただいた対談です。具体的で力強い支援活動のお話を、あくまでもしずかに語る木川社長。企業に脈々と流れるDNAに導かれ、自らも被災者である社員たちが現場で起こした行動とは……? ヤマトの支援活動を知らない人に、ぜひ読んでいただきたいです。 ほぼ日刊イトイ新聞 山下哲

ふんばろう東日本支援プロジェクト 西條剛央さんの、すんごいアイディア。

大学院で哲学・心理学を教える先生が、日本全体を巻き込む大規模な支援活動を立ち上げた。復興支援の専門家ではない人が、なぜそんなことを成し得たのか? アイディア溢れるプロジェクトの始まりと拡大の経緯を、糸井重里さんが聞く。
細かい部分まで具体的で、超実践的。カッコいい、というより「膝を打つ」ような解決法。「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を主宰する西條剛央さんのアイディアは、その質・量ともに「すんごい」ものでした。被災地に送る何百台もの家電、ひとつひとつ通電確認せずに済ませた、胸のすくような方法とは?! ほぼ日刊イトイ新聞 奥野武範

ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。

津波ですべてを流された中から、いちはやく立ち上がり、事業を再開した東北の3つの会社。絶望してもおかしくない状況で、前を向いて力強く動き始めた個性的な社長さんたちを、インタビュー&ルポで紹介。
店舗・工場・生産設備・原料・顧客名簿……すべてを津波で流されながらも、ゼロから立ち上がろうとしている3つの食品会社、気仙沼の斉吉商店・丸光食品、そして陸前高田の八木澤商店。その復興プロセスから学ぶ、ゼロからの仕事論。それぞれの経営者たちに「再建しよう」と思わせた要因のひとつには、やはり「人=社員」がありました。 ほぼ日刊イトイ新聞 奥野武範

その話し合いをしておこう。――NHKの方に会って、決めたこと――

災害に向けて、日ごろからどのような備えをしていればいいのか。災害報道のプロ、NHKの人が語る、過不足のない準備と心構え。
大地震が首都圏を襲う可能性は、決して低いものではないことがわかりました。でも、大声で危険を叫ぶ前に、ぼくらがやるべきことはきっとあるはず……。NHKの方とのお話はまさに、「できることをしよう」という内容になりました。会社で、家庭で、参考にしていただけるとうれしいです。 ほぼ日刊イトイ新聞 山下哲

山元町と手をつなぐ。

宮城県南部の山元町は、糸井重里さんと「ほぼ日刊イトイ新聞」のスタッフが、震災後はじめて訪れた沿岸部の被災地。この町の復興を、半年にわたってルポ。
山元町は震災後、糸井重里が最初に訪れた町。まずは日本全体が亡くなった人とともにある、そこから出発しようと考えました。人びとがそれぞれのやり方で事実をつみあげていく姿を手をつなぐように伝えたいと思います。 ほぼ日刊イトイ新聞 菅野綾子

福島の特別な夏。

今年の夏の高校野球福島県大会を、「ほぼ日」の編集者が追いかけたルポ。原発事故という大きな問題に、東京で働く一人の社会人である著者が、真摯に、誠実に、自分のできる範囲で関わっていった記録。「ほぼ日」連載中も大きな反響を呼んだ。
野球をすること自体が願われた福島の2011年夏。広い福島をあちこち移動しながら、いろんな事実と直面しました。答えのようなものは何ひとつありませんが、近づいた分だけ見えてくるものも少なからずありました。 ほぼ日刊イトイ新聞 永田泰大

糸井重里ロングインタビュー ぼくと「ほぼ日」の「できること」。

震災後、ツイッターや「ほぼ日刊イトイ新聞」を通じて発信された糸井重里さんの言葉は、戸惑い立ちすくんでいた多くの人の心を支えてきた。糸井さんは、震災後、なにを思い、どう考え、言葉を生み出してきたのか。そして、これから、どこに向かおうとしているのか。4時間にわたる語り下ろしロングインタビュー。
この本にしか載っていない、震災当日からそれ以後の日々を総括した糸井重里のロングインタビューは、ぜひお読みいただきたいです。個人として、社長として、表現者として、ここまで生々しい糸井重里の思いは、おそらく、自分のメディアである「ほぼ日刊イトイ新聞」では表現できなかったでしょう。 担当編集 ほぼ日刊イトイ新聞 永田泰大

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