第一巻
 時は慶長五年。作州宮本村の郷士の倅、武蔵(たけぞう)と又八は侍になる夢をかけて関ケ原の合戦に臨んだが、味方は負けて夢は破れた。二人は後家のお甲と娘朱実に匿われることになり、母娘につきまとう野武士辻風典馬を斬るが、その二日後又八はお甲の誘惑に負けて母娘と姿を消してしまった。ことの次第を告げるために故郷に戻った武蔵だったが、そこでは残党狩りの役人と、又八を戦場へ誘ったと思い込んだ又八の母お杉婆が彼を捕らえようと待ちかまえていた。逃亡を続ける武蔵を捕らえるため、七宝寺に滞在中の坊主沢庵が又八の許嫁お通と共に山に入った。

第二巻
 沢庵に捕らえられた武蔵は千年杉につるし上げられる。又八のことを吹っ切り、武蔵に惹かれ始めていたお通は彼を助け、一緒に逃げてくれと頼む。武蔵は幽閉された姉お吟を助けるため、花田橋での再会を約して一旦お通と別れたが、沢庵に再び捕らえられ、白鷺城の天守閣に押し込められてしまった。武蔵はそこで三年間学問に専心したのち許され、名を宮本武蔵(むさし)と改め、後を慕うお通を残して武者修行の旅に出た。


 京にたどり着いた武蔵は名門吉岡道場の門を叩いたが、立ち合った門人はことごとく武蔵の剣に倒れた。

第三巻
 汚辱に憤る吉岡一門に対して武蔵は、当主清十郎に宛てた手紙で明春再訪する旨を伝え、弟子にした少年城太郎を連れて、槍術で名高い奈良宝蔵院に赴いた。そこで出会った日観に人間の未熟さを指摘された武蔵は、勧めに従って柳生石舟斎を訪ねた。

第四巻
 小柳生城で武蔵は柳生の高弟たちとふとしたことから剣と剣との闘いになった。不利を悟った武蔵は立ち合い半ばで身をひき、石舟斎に直接会うべく門前まで来るが、己の小ささを悟り、会わずにそこを立ち去った。その帰途、縁あって石舟斎のもとに身を寄せていたお通の姿を見るが、妄執を振り払うように武蔵は伊賀路を下っていった。


第五巻
 若き剣豪佐々木小次郎は吉岡家に逗留することになった。一方吉岡一門との決戦を控えた武蔵は京へ戻る途中、鎖鎌の極意を学ぶため、宍戸梅軒を鈴鹿に訪ねるが、梅軒は以前武蔵が斬った辻風典馬の弟だった。不穏な気配を察知した武蔵はとっさに裏をかき逆に相手を窮地に陥れてその場を立ち去った。

第六巻
 清十郎との試合の日取りが決まった。五条大橋で武蔵と小次郎は偶然視線を交えるが、一目で互いに敵愾心を燃やすのだった。
 城太郎と共に武蔵の行方を追って京を訪れたお通は、彼女を恨むお杉婆に騙されて宿へ連れて行かれてしまった。


第七巻
 清十郎との試合に勝った武蔵だが、敵としてとるに足らない者を手にかけた後悔のために心が晴れない。暗鬱な面持ちで野を歩いていると芸林の名匠本阿弥光悦と母妙秀尼に知遇を得た。武蔵は妙秀尼の荘厳な茶事を見ながら剣の道に思いを致し、どんな道でも究める先はひとつだと悟る。

第八巻
 沢庵によってお杉婆から助けられたお通は病を得て公家の烏丸家で養生していた。
 清十郎の弟伝七郎は汚名を雪ぐため武蔵に決闘を挑むが、伝七郎もまた武蔵の剣の前にあえなく倒れた。

第九巻
 兄弟を相次いで討たれた吉岡一門と武蔵は、小次郎の立ち合いのもと一乗寺下り松で改めて試合をすることになった。相手は多勢。それを見た武蔵は名目人の少年源次郎をめがけて真っ先に斬りつけた。

第十巻
 次々に襲いかかる敵を相手に、武蔵は無自覚のうちに二つの刀を手にして闘っていた。敵を振り払ってその場から逃げた武蔵は、少年を手にかけた慚愧の念に苦しみながら、比叡山・無動寺に身を寄せ一心に観音像を彫る。
 そんな折武蔵は又八に再会した。すっかり身を持ち崩していた又八は生まれ変わることを約束して別れた。武蔵は瀬田の唐橋でお通と待ち合わせ、城太郎と三人、江戸へ向けて木曾路を行った。


第十一巻
 連れだって歩くお通と武蔵を見た又八は、裏切られた悔しさと嫉妬で憤り、お通を拉し去ってしまった。武蔵はお通を探し歩くうちに棒術をつかう若者とその母に出会った。乞われて立ち合った武蔵だったが、母の愛から生まれた活理の前に初めて「負けた」と叫ぶ。若者はのちに夢想流杖術の始祖となる夢想権之助だった。
 吉岡道場を破って以来、武蔵の名も知られるようになった。下諏訪では伊達家に仕える石母田外記に呼び止められ仙台への同道を乞われるが、自分は「剣術」ではなく「剣道」を究めるのだと決意して別れた。

第十二巻
 所は江戸。武蔵とはぐれ、町人奈良井屋大蔵と共に江戸に来ていた城太郎は、大蔵の秘密を知ったために、脅されて大蔵の子供にされてしまった。また宿敵小次郎をはじめ、お杉婆、朱実などもそれぞれ江戸にたどり着き、来るべき武蔵との再会を待っていた。
 その頃武蔵は下総の法典ケ原にいた。孤児となった少年伊織を弟子にし、鍬を持つことで剣の道を探ろうと、しばらくの間剣を措き、百姓として暮らすことにしたのだった。

第十三巻
 武蔵は長年村から搾取していた賊を撃退し、また見事荒地の開墾を成し遂げて、村人たちに自らの力で生きることを教えた。この話を耳にした豊前小倉の細川忠利の家老長岡佐渡は、武蔵の人物を見ようと法典ケ原を訪れるが、武蔵はすでに伊織と共に江戸へ発った後だった。江戸に着いた武蔵は、光悦の弟子厨子野耕介の家に寄宿することになった。

第十四巻
 又八と共に江戸に来ていたお通は柳生家の家臣木村助九郎に助けられて石舟斎の子息但馬守の屋敷に寄寓していたが、石舟斎危篤の知らせを受け、但馬守の甥兵庫と共に柳生谷へと下っていった。
 小幡軍学を愚弄し門弟から恨みを買っていた小次郎は、お杉婆の助太刀を名目に武蔵を訪れたところを、小幡一門の北条新蔵に襲われ逆に痛手を負わせた。


第十五巻
 お通に逃げられた又八は朱実と共に江戸にいた。相変わらず不甲斐ない生活を送っていたところ、密かに幕府転覆を目論む大蔵に将軍秀忠の暗殺をもちかけられ、大金に目が眩んで引き受けてしまった。
 細川家家中の岩間角兵衛によって細川忠利にお目見えのかなった小次郎は存分にその剣を披露した。その頃の小次郎の腕は将軍家師範小野忠明に隠遁を決意させたほどだった。
 小次郎の差し金で悪評を立てられた武蔵は江戸市中を出て、伊織と共に武蔵野に庵を構えた。また、沢庵とも再会を果たした。伊織にねだられて神楽見物に出かけた武蔵は太鼓の撥から二刀流の真理を会得した。

第十六巻
 その帰り道、梅軒に襲われ辛くも勝った武蔵だったが、宝蔵破りの嫌疑をかけられ牢につながれてしまった。真犯人は大蔵と、四年の間にすっかり大蔵に洗脳された城太郎だった。二人を見かけ怪しんだ伊織は城太郎と諍いになるが、名乗り合って二人が兄弟弟子であることが明らかになった。偶然居合わせた沢庵に諭された城太郎は更生を誓って遠国へと逃れていった。これで大蔵の企ては露見した。又八は沢庵の手によって僧形となった。
 一方正式に細川家に召し抱えられた小次郎は、武蔵に腕をみがいて豊前へ下れとの文を残して豊前へ渡り、またお杉婆もひとまず故郷へと帰っていった。

第十七巻
 牢から放たれ草庵に戻った武蔵のもとに、将軍家指南への栄達が伝えられるが、土壇場で覆されてしまった。しかし武蔵はこれを幸いとし、三年間山にこもる決意をし、伊織を権之助に託して去っていった。


 武蔵の行方は知れない。その頃遅れて武蔵出世の報を受けたお通は、柳生谷を出て急ぎ江戸へと向かっていた。
 伊織と権之助は金剛寺に赴いた際、豊臣方から徳川の隠密と間違われ、権之助は連れ去られてしまう。

第十八巻
 一人残された伊織は、堺の廻船問屋で小僧として使われることになったが意に添わない。偶然通りかかった長岡佐渡に伴われて、小倉へと向かった。
 とうに山を下りた武蔵は藤沢、鎌倉を巡り、今は岡崎で無可と名乗って寺子屋を開いていた。すっかり心を入れ替えた又八とも再会を果たし、自ら陥っていた迷いからも旧師愚堂和尚の導きによって抜け出すことができた。

第十九巻
 これまで再三にわたって武蔵とお通を苦しめてきたお杉婆も、ついにお通の真心に打たれ己の過ちに気がついた。武蔵が小次郎との対決のため豊前小倉へと出航したことを聞き及んだお通、お杉婆、城太郎の三人は、途中の港で武蔵を待つが船は素通りしてしまう。三人はなおも武蔵を追って小倉へと向かった。また夫婦になった又八と朱実も小倉へ向かっていた。
 さて、細川忠利のはからいでいよいよ武蔵と小次郎の決闘が決まった。武蔵は人目を避けてその日を迎えた。

第二十巻
 武蔵は伊織、お通など縁ある人たちと挨拶を交わし、船島へ渡った。海岸で武蔵と小次郎は無念無想のうちに対峙した。小次郎が武蔵を見失ったかと思ったその瞬間、武蔵は宙に飛び、その木剣は小次郎の頭蓋を砕いた。こうして二人の闘いは終わった。