“遠藤周作”と聞いてどんなイメージを抱きますか? キリスト教作家、狐狸庵仙人、ぐうたらエッセイ、小説『
沈黙』。各々印象をお持ちだと思います。遠藤作品はキリスト教の信仰を主題にしたものが多く、馴染みの薄い日本では、「キリスト教がテーマなんて難しいだろうな」と敬遠しがちな方も少なくないでしょう。
かく言う私も、キリスト教に対して興味も知識もほとんどなかったのですが、高校の図書館でなんとなしに『聖書のなかの女性たち』(講談社文庫)を手に取り、遠藤作品と出会いました。聖書に登場する女性を通じて、遠藤さんの考えるキリスト教が書かれていて、それまで漠然と持っていたキリスト教のイメージがガラッと変わったことを覚えています。その後、小説、エッセイと何作か読み進めていくうちに、すっかり遠藤周作の虜になっていました。
今では、遠藤周作ほど温かい文章を書く人はいないと私は思っています。どの作品の根底にも、人間の弱さ、情けなさ、ずるさから目を逸らさず肯定しようとした優しく強い眼差しが感じられるからです。
今回ご紹介するのは、遠藤作品の中でも隠れた名著といわれる一作『
悲しみの歌』(新潮文庫)です。
新潮文庫の100冊フェアに入っている、『
海と毒薬』は数ある遠藤作品の中でも有名な一作です。遠藤さんが34歳の時に発表した小説で、世間に名を知らしめた出世作でもあるので、ご存知の方も多いでしょう。
主人公・勝呂は第2次世界大戦中、流されるままに生体解剖実験に参加してしまいます。深い孤独と苦しみの中に置かれたままで物語は終わるのですが、『悲しみの歌』はその続編と考えられるのです。
遠藤周作は幼少の頃、母親に促されるまま無自覚にカトリックの洗礼を受けました。西洋文明が背景にあるキリスト教は、彼にとって「合わない洋服」でしたので、それを「自分に合う和服」に仕立て直すことを決意して小説家の道を選びます。『海と毒薬』では、まだ仕立ての途中だったのでしょう。若い時分に救えなかった勝呂に、20年の時を経た54歳の遠藤さんが温かい優しさの眼差しを向ける姿には、胸がいっぱいになります。
「……絶対的な正義なんてこの社会にないということさ」。『悲しみの歌』のある人物が放つ言葉です。遠藤さんの考えや想いがぎゅっと込められている、とても深い意味のある言葉だと私は考えています。『海と毒薬』を書いた34歳の遠藤さんからは決して出てこなかった言葉でしょう。
家族、恋愛、友人、留学、戦争、病気、死、社会の出来事……。作家の創作人生にはたくさんの要素が影響を与えていると思います。ひとりの作家を初期の作品から読み進めていくことは、どの作品にも流れるひと筋の変わらぬ“もの”や、年月を経るごとに変わりゆく“もの”を感じられる驚きと興奮とがあります。長い時間をかけてゆっくりと一人の作家と寄り添うような読書で、1冊の本から得るものとは別の楽しさを味わってみてはいかがでしょうか。
『海と毒薬』を読んだならばぜひとも『悲しみの歌』も手にとってみて下さい。
遠藤周作の、変わるもの、変わらないものが何であったか、きっと感じて頂けると思いますよ。
「yom yom」編集部(M・T)