ホーム > 雑誌 > yomyom > おススメの一冊 > 大統領小説

yom yom ヨムヨム yom yom ヨムヨム
じっくりヨムヨム、ぱらぱらヨムヨム、晴れの日も雨の日も、楽しくヨムヨム

 >> What is「yom yom」?

最新号目次 yom yom便り おススメの一冊 yom yomの作家たち 壁紙プレゼント バックナンバー


yom yom ヨムヨム 23号 特別定価:780円(743円)

大統領小説

書籍詳細を見る
 池澤夏樹さんの『きみのためのバラ』(四月、新潮社刊)は十二年ぶりの短篇集ですが、読んでいてどんどん気持よくなります。凛として姿形の良い文章、タネも仕掛けも華もある構成、実在感と親和力のある人物たち――これらのせいで、一篇だけ読んで寝ようと思いながらついつい、二つ、三つと読むことになりました。けれど何より心に残るのは、この短篇集全体が(二十世紀のうちに発表された小説も含まれていますが)9・11以降の世界に生きる遣るせなさ、鬱陶しさ、寂しさ、そして〈それでも生きていこう〉という決意に裏打ちされている点で、これが読む者をそっと(決して声高にならずに)慰め、励まします。
 この特徴が一番あらわなのが、末尾に置かれたタイトル作です。テロの横行のために、始終緊張して暮らさなければならないロンドンで、電車に乗っている主人公はふと、三十年ほど前のメキシコでの出来事を思い出します。ロンドンの満員電車でした〈ある動作〉と同じ動作を、メキシコの田舎のやはり満員だった汽車の中でもしたことがある……。その目的も感情もまるで違うものになってしまったけれど――。回想の中で、小説の歴史の中でも最高に美しいバラの一つが、主人公の手に握られます。
 そのメキシコに現在、コロンビア出身のノーベル賞作家G・ガルシア=マルケスが住んでいます。作品を一つだけ挙げるなら、池澤さんも『世界文学を読みほどく』(新潮選書)で取り上げた『百年の孤独』ですが、三つ挙げるなら、あとの二つは『族長の秋』と『コレラの時代の愛』でしょうか(三冊とも「yom yom」vol.3でインタビューした筒井康隆さん偏愛の書。マルケスの作品はすべて新潮社版『ガルシア=マルケス全小説』所収)。
『族長の秋』は、ラテンアメリカ文学の一系譜である〈独裁者小説〉の代表作で、マルケスの作品中マジック・リアリズムが最も奔放に噴出する小説でもあります(何しろ主人公の大統領は二百三十二歳で孤独に悩み、敵国アメリカの手によって〈海〉が巻き取られていきます)。
 そして池澤さんが書いた独裁者小説にして、最もマジック・リアリズム的な長篇が『マシアス・ギリの失脚』(新潮文庫)です。ミクロネシアにあるナビダード民主共和国は人口七万、大統領マシアスは独裁者であると同時にスーパーマーケットを手始めにいくつもの事業を展開する経営者でもあり、石油備蓄基地のプロジェクトに絡む国際的な暗躍が始まり、日本人慰霊団四十七名を乗せたバスは行方不明となり、白人のゲイ二人組はバーボンのある銘柄を飲みつづけ、意味ありげなビラは何枚も貼られ、霊力を持つ少女は大統領の新しい女中となるが小島の長老たちと密かに通じていて……やがて追い込まれたマシアス閣下の行末は――。南の島で読むにもよく、都会の狭い自室でイヤになるくらいの南国気分を味わうにもいい、夏休みに最適な長篇です。
 秋の東京から始まる、大統領が出てくる長篇小説もあります。丸谷才一さんの『裏声で歌へ君が代』(新潮文庫)。〈台湾民主共和国〉準備政府の大統領(日本に亡命して、やはりスーパーマーケットを経営している)と日本人画商との不思議な友情の果てに、国家とは何か、国家に対する従順とは何か、反逆とは何か、輪郭の曖昧な巨大な影が浮かび上がってきます。出だしの、ながーい地下鉄のエレベーター(新御茶ノ水駅?)の逆乗りから、クイクイ読まされてしまいます。『マシアス・ギリの失脚』の後、涼しくなったらぜひこちらも。作中に台湾民主共和国の国旗も出てきますが(文庫版の表紙にも翻っています)、和田誠さんのデザインだそうですから、準備政府とはいえずいぶん高級でモダンな国家です。
『マシアス・ギリの失脚』も『裏声で歌へ君が代』も、単行本の装丁が実に素敵です。図書館か古本屋で見つけてみて下さい。

「yom yom」編集部(K瀬)

2007年07月17日
Trackback


ページの先頭へ戻る