師走22日、最相葉月さんの『
星新一 一〇〇一話をつくった人』の大佛次郎賞受賞が発表されました。すでに講談社ノンフィクション賞、日本SF大賞を受賞しており、これで三冠達成となりましたが、それも当然の名作です。
昭和の裏面史と、日本SFという文化史を、歴史書のように描いていくがっちり手堅い前半が効果的な伏線となって、主人公・星新一が立体的に浮かび上がってきます。この土台がきちんと作られているために、後半はもう否も応もなく、実在の人物たる星新一にぐいぐい感情移入させられてしまいます。この稀有な作家がいかにして生まれ、何を悩み、何故いまなお作品が読みつがれるのか――最相さんは澄明な文体としなやかな手つきで、ひとつひとつを解き明かしていくのですが、とりわけラスト近くの孤影悄然たる星新一の姿は印象的で、滂沱と涙すること必至。「
yom yom vol.3」でインタビューした時、筒井康隆さんも「おれにも書けない」と絶賛を呈しておりました。そして、筒井さんが登場するある場面が、ひとつのクライマックスになっています。
星新一の評伝が書かれる時、星さんが星製薬の御曹司であったことが欠かせぬように、筒井康隆伝が書かれる時は、筒井さんが役者志願であったことは欠かせないでしょう(大阪での演劇青年時代、次代のホープとして「東の仲代達矢、西の筒井康隆」と評されたのは有名なエピソードです)。いまも俳優として、舞台やテレビ・映画に出演しているのはご存じの通り。ブラックユーモアの永世名人にして、前衛文学の巨匠が、深田恭子さんを追い詰める役などを軽妙に演じているのを観ると、その幅の広さに、かっこいいなあと呟いてしまいます。
五年くらい前、筒井さんが三島由紀夫原作の「
弱法師/近代能楽集より」の舞台に出演した時、「三島戯曲の美文調は、役者にはたいへんなんだ」と仰っていました。同じ趣旨のエッセイをどこかに書かれてもいたはずです。その時の「弱法師」は蜷川幸雄演出で、筒井さんも、養子役の藤原竜也さんも良くて、「美文調云々」のことは忘れて観ていました。
その後、三島原作では、伊藤キムと白井剛の舞踏「
禁色」(圧倒的)、玉三郎と勘三郎の歌舞伎「
鰯売恋曳網」(爆笑&うっとり)、妻夫木聡と竹内結子の映画「
春の雪」(キャメラが素晴らしい)と観ましたが、美文調のセリフとはそれぞれ関係がありません。それが最近、劇団四季で「
鹿鳴館」を観て、そのセリフの豊饒に仰天し、先の筒井さんの言葉も急に思い出しました。
「鹿鳴館」は三島の戯曲の中でも、趣向や道具立ての華やかさという点で、「ザ・芝居」というおもむきがあるのですが、とりわけセリフの色彩感が豊かなこと! 論理的でありつつ、詩があって、描写力を持ち、観念を語り、意外性に富み、重層的で、そして美文調です。とりわけ何に仰天したかと云うと、主人公影山伯爵を演じた日下武史の、俳優術のすべてを駆使したようなセリフまわしの超絶技巧ぶり。いまさら日下武史の演技力を褒めるのも間抜けなものですが、セリフ一言一言の抑揚、アクセント、リズム、息継ぎ、沈黙……美文調をみごとにねじ伏せ、あらゆる言葉がいきいきと輝き、三島のセリフがたちまち肉体を持っていくさまを目の当たりにしました。明治維新をなし遂げた往年の青年革命家にして、現在は黒幕的老政治家、という役柄にふさわしい貫禄も色気も知性もたっぷり。日下武史が出ていない場面は、戯曲のボルテージが落ちると感じたほどです。凄い。
終演後、ロビーに出ると、新潮文庫の『鹿鳴館』がよく売れていました。後で聞くと、公演中ずっと売れつづけ、この手の販売では記録的な数が出たそうです。日下武史を真似て、声に出して読んでみたい、という観客の欲求でしょうか。ついふらふらと、つられて買ってしまい、家に戻って日下武史ふうに朗読してみましたが惨敗(当り前だ)。
新春1月5日には、「鹿鳴館」が田村正和、黒木瞳でテレビ放送されるそうです。いつもの田村正和のセリフまわしで影山伯爵を観てみたいなあ。まあ、もっともテレビ用にセリフはずいぶん変更されているかもしれません。その確認のためにも、お手元に文庫本をぜひ。舞台もテレビも知らずに読んでも、十二分に面白いですよ。
最相さんの本にも出てきますが、星新一と三島由紀夫はともに「日本空飛ぶ円盤研究会」の会員でした。会員番号は、143番と12番。円盤研究会ができたのは「鹿鳴館」発表の前年、昭和30年のこと。熱心な会員であった三島は、「自分たちは宇宙人である」と目覚めた一家の物語、「
美しい星」を書きます。当時の純文学作家としてはきわめて珍しいSF小説。いっぽう星新一は、円盤研究会で出会った仲間と同人誌を作り、創刊号に載せた「
セキストラ(『ようこそ地球さん』収録)」がメジャー誌に転載されて、作家デビューとなります。星新一は、三島が終生嫌った太宰治を、一番好きな作家だと明かしています。
「yom yom」編集部(K瀬)