本好き、雑誌好きの人間なら、「この人が褒めている(紹介している)なら信用しようか」という贔屓の書き手を何人か決めているでしょう。たとえば渡辺保さんが絶賛しているなら無理してでも歌舞伎座の昼の部を覗きに行こうとか、岸本佐知子さんが翻訳しているアメリカの短篇小説なら読んでみようか、という具合に。あるいは、長部日出雄さんや小西康陽さんが面白がっている映画は観とかなきゃとか、平松洋子さんや高山なおみさんが太鼓判を押しているレシピはこんど家で作ってみようとか。
太田和彦さんが薦める、僕の知らない居酒屋があれば、「いつ行こうかな」と腰が落ち着かなくなります。出張に行く前に『
ニッポン居酒屋放浪記』シリーズや『
居酒屋味酒覧』で、目的の土地の居酒屋やバーをチェックするのは僕だけでないと信じたい。太田さんはむろん地方だけでなく、東京の居酒屋についてもよく書いていて、わが「yom yom」編集部の最初の飲み会も、ちょうど二年前の夏、太田さんご推奨の中野「R」でやりました(鱧が絶佳)。この夏は、都電荒川線庚申塚駅のプラットホーム(!)にある「M」(都電を眺めながら風に吹かれるのが気持ちよく、芋焼酎の前割りがクイクイ進みます)や、大塚の「K」で飲みました。太田さんは「K」を開店当初(十年ちょい前)から推しています。生ビールの注ぎ方が素晴らしい店でもあります。
「……今日は日本酒通の友人にすすめられた早瀬浦にしてみよう。/――これはうまかった。ういういしくやわらかい中にコクがあり、キレ味も実に爽やかだ。/『うまい! 絶品』/『どんな味です?』/『コクがあるのにキレがある』/『……やめてくださいよ』/手を出し味を見た同行者も『おお!』と目を輝かせた。/『コクがあるのにキレがある! これ僕にもください!』/騒ぐ我々にお姉さん(こう呼びたい)は苦笑しもうこれで終りなんです、と残り少い一升瓶をみせた。これは生酒で残りは蔵元ですべて火入れしたというから本当に最後である。/気持が大きくなり値の張る松の司を注文した。/『まず、君一口やってみな』/『はい。……ウーム、原節子』/『なぬ』今度は私が一口。/『……いや、山本富士子だな』/酒の味を女に例えるのは私の得意技である。華麗という点では一致したが微妙に見解が異るようだ。/『原節子か。ちょっと鈍重ってこと?』/『目鼻立ちが派手ということです』/酒はうまいなー。我々はすっかり御機嫌になった」(『ニッポン居酒屋放浪記 疾風篇』)
このあとも太田さんと同行者は河岸を変えて延々飲み続けるのですが、酒と肴と人にあふれ(太田さん曰く、名居酒屋の条件は「いい人、いい酒、いい肴」)、莫迦話の花が咲き、溜息やグラスの触れ合う音が聞こえる男騒ぎの酒場巡礼を描かせると、太田さんはちょっと海内無双の腕前です(関西に「ミーツ」誌などで執筆しているバッキー井上さんという酒場作家がいて、これもなかなかの強豪)。
いったいに日本人は「三大××」が大好きで、阿刀田高さんが「札幌の時計台、高知のはりまや橋、沖縄の守礼門」を三大ガッカリ名所と名づけたのは有名ですが、太田さんも「東京三大煮込み」の名づけ親になっています。「東京下町の居酒屋はこの煮込みがなくてははじまらない。千住『大はし』、森下『山利喜』、月島『岸田屋』を東京三大、立石『うち田』、門仲『大阪屋』を加えて東京五大煮込みとするのが私の考えだ」と太田さんは重々しく宣言します。「山利喜」の煮込みには煮玉子も入れて、ガーリックトーストとギネスビールでぜひ。ワインにも合うんだけどな。
「yom yom」編集部(K瀬)